木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

夏も終わりですが

 気がつけば、なんだか秋。毎日ドピーカンの日々も終わり、風も少しだけ涼しげになってきました。この夏もやり残したことがすご~くたくさんあるような・・・。
夏の終わりの中海

 去年の今頃の画像です・・・。
 いつもの枕木山華蔵寺から見た中海。この先には大山があるはずなのですが・・・。
 これにプラス、大山が見えるとか、水面に雲や大山が写り込んでるとか・・・、みたいな絵が撮りたいのですが、今年も撮れず。そもそも、夏場に大山がはっきり見える日なんて、ほとんど無いので難しいことはわかってますが・・・。

お松:さて、月別アーカイブを見ると、6月からこっち、一貫して更新低空飛行が続いております。
やや:それは、ネタがないからです。
お松:それは、あかんのんとちゃいますか?(←やや:どこの人ですか?)
やや:では、近いうちに
お松:近いうちに?
やや:登るぞ~!
お松:・・・。お・お気を付けて。
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  1. 2016/08/28(日) 17:49:08|
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一人女神社(ひとひめじんじゃ)

松江市玉湯町に気になる名前の神社があります。
お松:女、一人なんですか?読み方はともかく、確かに気になる名前ですね。
一人女神社
やや:江戸時代の松江藩の郡奉行、岸崎左久次が記した『出雲国風土記』の注釈書である『出雲国風土記抄』に「大谷村に壹女社あり」と記されています。「ひとつめのやしろ」と読むのでしょうか。この神社は、『出雲国風土記抄』によれば、9世紀末頃から鎮座しているとされるのですが、なにしろ、17世紀の文献ですので、いくら何でも時間が経ちすぎていて・・・。
一人女神社本殿
 普通は神社名が記される拝殿の扁額にはただ「霊験」と記され、また、境内の背後には立派な藁蛇を巻かれた荒神さんが祀られるなど、小さな神社の割にはいろいろ迫力満点の神社です。御祭神には天照大神を始め、6柱の神様が祀られていますが、女神は天照大神だけ・・・。(←お松:それで、一人女なんだ!)
 本殿の横には「旧御神札等 御納社」があり、おそらく、以前は参道を守っていた、引退狛ワンコさんが控えています。
狛ワンコさんたち
お松:わ・は・は!なんか、プイってしてますね。
やや:元々は参道を挟んで向かい合って据えられていた狛ワンコさん達です。それを正面に向けて据えちゃうと、こうなる訳ですね。
お松:でも、なんか、楽しそうではあります。
  1. 2015/10/10(土) 20:57:11|
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せっかくの休みなのにネタも無く雨なので

 先週は台風。今週の山陰地方は雨です。今朝はすんごい雷でした。過ごしやすいのは確かですが・・・稲の病気とか、普通の夏でない話もちらほら聞こえてきています。
画像は・・・どっか行きたい病が深刻なのに、どこにも行けないので・・・過去の画像から季節感とか無関係に、も一度行きたいところ・・・
金瓜石の柱
お松:な、なんですか、これは?ギリシャ建築のような?でも小さいっつ~か、これ、コンクリート?
やや:台湾の北東部、金瓜石(ジングワシー)にある金瓜石山神社、通称「黄金神社」です。金瓜石は、一時はアジア最大級の金・銅鉱山があったところで、黄金神社は戦前にここを操業していた日本企業によって建てられ、鉱山の神様である金山彦命、それに猿田彦命と大国主命を祀っていました。昭和初期は大変な賑わいだったそうですが、戦後は台湾でも日本支配に関わるものの多くが破壊され、この神社でもコンクリートの柱と灯籠、いくつかの鳥居に参道の石段を残すだけになってしまいました。
 現在の金瓜石鉱山は、黄金博物園区と言う金瓜石鉱山を学習する広大な公園になっています。黄金神社は博物園区を見下ろす山の中腹にあり、博物園区主要部からはけっこうな石段を登った先にあります。ちらっと見えているのは、散歩の人が連れて上がったワンコです。
黄金神社
お松:ヨーロッパじゃなくって台湾。しかも神社?確かに、灯籠は日本の神社ですね。しかし、この柱は何っつ~か?
やや:このワンコが、ムダに元気でして・・・(←お松:あのぉ?ワンコはどうでもいいので)。・・・拝殿の柱ですね。屋根も床もなくなって、柱だけ残されています。
黄金神社と茶壺山
お松:向かいの山の上にも建物があるんですか?
やや:あれは、固まった溶岩ですね。急須とかヤカンのシルエットに見えませんか?現地では茶壺山と呼ばれています。金属鉱山が火山だと言うことがよくわかる光景ですね。
茶壺山と黄金博物園区
お松:あ!下の方にUFOが!
やや:・・・。博物園区の施設の屋根です。その横に鳥居が残っていますね。いいなぁ、も一度行きたいなぁ。
お松:UFOじゃないんですね。ところで、これ、ススキ?何月の風景ですか?
やや:12月だったかな?真冬ですね。
お松:・・・。
やや:あ~ぁ、どっか行きたい!
  1. 2014/08/16(土) 10:18:14|
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台風接近中です

 すでに大変な事になっているところも多いようですが、山陰地方も台風接近中。一昨日から昨日は雨の中での仕事でした。今日は、雨はさほどでもありませんが、強風が吹いています。・・・で、どこにも行けず、ネタも無いので・・・。
春の出雲大社
 春の出雲大社です。
  1. 2014/08/09(土) 18:15:13|
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美保神社の折舵

 明治29(1896)年、京都府加佐郡岩瀧の寶榮丸は、水晶(?!)と但馬牛を積みウラジオストクへ向かう途中、能登沖で暴風により舵を破損し漂流し始めた。船員たちが美保大神に祈ったところ、波間に大鯛(?!)が現れ、その大鯛に導かれ、なんとか美保関にたどり着いたという・・・。
美保神社の折舵
 美保神社の回廊下には、奉納された折舵が置かれ、その経緯を記した説明版が立っています。
美保神社の回廊
さて、明治29年の宝永丸は和船だったようです。以前は、和船は西洋帆船に比べ、速力や向かい風の時の性能に劣るとされていたようですが、近年の復元船による航海実験では、さほど劣るものではないことが判ってきつつあるようです。ただ・・・和船の欠点は舵。船体に対して舵がでかい。つまり舵が効きにくい構造のようです。小さな舵では効かないので、巨大な舵を使うのですが、この抵抗の大きな巨大な舵は、悪天候時にはウィークポイントになります。幕末から明治の遭難記事を紐解くと、舵の損傷による遭難が多くの割合を占めているようですね。
みちのく丸
お松:幕末から明治の船って、北前船なんかみたいに、当時の物流の中心ですよね。こういう事に対策は取られなかったでしょうかねぇ。
やや:幕府からは、慎重に気象を読むようにと、お触れが出たりしているそうですが、船そのものへの対策は進まなかったようですね。一説には、幕府の鎖国政策により、容易に海外へ渡航できる船を造らせたくないと言う思惑もあったんだとか・・・。
お松:う~ん、それはまた・・・。

 画像は、2011年夏に島根へもやってきた「みちのく丸」です。
お松:・・・帆は?
やや:帆走しているところを見たかったぜ。
お松:その一言で終わりですか?
やや:・・・す、すまん。
  1. 2014/02/15(土) 17:21:50|
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 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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