木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

須佐の益田館

お松:カテゴリは、石見のお庭に入れられちゃいましたが、石見をぶっ飛ばして長門国。山口県萩市須佐のお庭だそうです。
書院から見た益田館のお庭

 このところ、仕事でちょくちょく益田市へ出かけると思ったら、とうとう益田市を飛び越えて、山口県まで?
やや:益田市と萩市須佐はお隣ですので、その間は、そんなに遠くはないのですが、そもそも益田市までが遠い。長~い島根県の端から端まで走った、走った!
 で、萩市須佐の益田館です。益田氏のお庭です。益田氏は、石見地方を代表する戦国武将です。
お松:石見を代表する戦国武将?し・知りませんでした。それに萩市は石見じゃなくって長門では・・・。
やや:です。益田氏、石見地方以外の人はほとんど知らないと思いますので・・・。
 え~。石見には、毛利や尼子、大内と言った抜きんでた戦国武将がいませんでした。
 で、益田氏は、平安時代に石見国司として赴任した御神本(みかもと)氏が祖とされ、12世紀末頃から益田氏を名乗ったようです。その御親戚は、それぞれ本拠地の地名を名乗るなどして三隅氏、周布(すふ)氏、福屋氏などに別れ、石見一円に住んでいました。
 ぅんで、戦国時代。最初に言ったように、石見には抜きんでた存在がいないので、そうした御親戚筋の皆さんが、時に助け合い、時に足を引っ張り合い・・・。大内氏や尼子氏とも仲良くしたり敵対したりを繰り返して、動乱の戦国を生き残っていきます。
戦国末期の混乱を毛利氏に従って生き延びた益田氏は、天下分け目の関ヶ原に参陣!ところが、わずか1日で西軍が敗北。戦後処理で防長二カ国に押し込まれた毛利氏に従い、石見を離れ、長門国須佐へ移ります。その後、益田氏は毛利家の家老として幕末まで毛利家に仕え、多くの文書・典籍などを現代に残しました。
でぇ、その益田氏が須佐に建てた益田館です(←お松:やっと本題に近づいた!)。益田氏自身は萩藩の家老ですので、通常は萩に住んでいますので、ここはメインの館ではありません。また、明治期以後、いくらか改造があり、縮小されてもいるようです。完全にオリジナルではないにしろ、書院から見るお庭はいい感じです。
ソテツと立手水
 
 南向きのお庭の左手・・・つまり東側にはソテツ。当初からあったかどうかは判りませんが、戦国武将には大人気の庭木で、信長や秀吉にまつわるソテツの話が伝わっている他、山口の大内館の庭にもソテツが植わっていたことが知られています。ニュルンとした立手水も庭の雰囲気にあっていい感じですね。

2段の靴脱ぎ石
 須佐は雪が多いという話を聞きませんが、床が高く、靴脱ぎ石が2段になっています。川が近いので洪水対策でしょうか?

おしゃれな欄間
 建物の中のしつらえも出雲地方に比べると開放的で明るい雰囲気がします。月とコウモリの欄間は、なんだかおしゃれな益田館でした。

おまけ
萩なので夏みかん

 庭先に必ずある、ある、夏みかん!(←お松:萩なので!)
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  1. 2017/11/06(月) 17:17:29|
  2. 石見のお庭
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久しぶりの天空のお庭

 ちょいと用事があって、国道9号線を西へ突っ走っておりましたが、あれ、小一時間ほどなら時間がとれそうだってんで、久しぶりに天空のお庭に上がってきました。
大麻山神社参道
浜田市三隅町の大麻山は標高599mの独立峰、山頂には、テレビ塔が建ち並び、眼下には日本海から浜田港辺りまで一望できるロケーション。
 この山頂近くにあるのが大麻山神社です。長い石段の先に石見らしい赤瓦の立派な拝殿が見えています。
大麻山神社本殿
 この大麻山神社の社務所の横には、日々の手入れも掃除も行き届いているのに見学自由という、欲の皮のつっぱた某和尚に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい・・・。とにかく、十分に手入れされているのに見学自由と言う、もったいないお庭、大麻山神社庭園があります。
大麻山神社庭園
 縁起では平安時代に遡る可能性ある真言宗尊勝寺の塔頭のお庭と考えられ、江戸初期頃のお庭でしょうか。尊勝寺は天保7(1836)年に大雨に伴う地滑りで被災した上、明治5(1872)年の浜田地震で壊滅。例の、神仏分離の時期だったため、再建されること無く・・・。昭和になって、このお庭が庭園史研究の大御所である重森三玲氏に「発見」され、今日に至っています。

お松:そう言えば、お庭ブログだったことがありましたよね。
やや:う・・・。その看板を下ろした覚えはありませんけどね。確かに、久しぶりではあります。
 ま、それはともかく、この尊勝寺。真言宗のお寺で、平安時代に遡る可能性がある、つまり、今、はまっている古代の山寺そのものなんですわ。神社とセットになっているのもセオリー道理で、けっこうたまらない感じです。
お松:なるほど、それで見に行ったんですね。お庭としては、どういった感じでしょう?
やや:ちょっと不思議なお庭です。600m近い高所にあって、お庭のすぐ後ろにはすんごいロケーションが広がっているのに、まったく借景を使わず、平地にあるお庭を山の上に持ってきたような・・・。
大麻山神社庭園から見た浜田港付近
お松:なるほど、なんだかもったいないような?
やや:尊勝寺の塔頭がここだけだったはずはありませんので、いろんなお庭があって、ここだけが残ったのだろうとは思いますがね。このお庭も、庭のど真ん中に靴脱ぎ石があって・・・。
大麻山神社庭園の靴脱ぎ石
お松:え~?庭のど真ん中で靴を脱ぐんですか?
やや:んなアホな?元々、ここまで縁があったんです。現在の建物はずいぶん後ろに引いて建てられていますが、お庭も変化しているんです。
お松:なるほど、とにかく、ひっさしぶりぶりのお庭ネタですよね。過去のお庭ネタは、え~と・・・。あー!去年の9月の益田以来?なぜか、9月になると石見に行って、お庭を見るんですね?
やや:別に決めている訳ではないですけどね。
お松:では、また来年!
やや:だからぁ・・・。
  1. 2015/09/20(日) 21:15:23|
  2. 石見のお庭
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夏の手水・・・

 梅雨明けしてから暑い日々が続いております。
 さて、余計なお世話ですが・・・
 住人が無く、公で管理公開されている古民家や歴史的建造物って、なんだか魂が抜かれたような、と言うか、あっさり言うと生活感が無いと言う気がしませんか?(←お松:生活してないんですよぉ?←やや:いや、そう言うことじゃなくって)生活に関わるものが、一切置かれていない部屋。部屋から庭を見ても、視界を妨げるものが全くない。年中同じしつらえ・・・って、本当は変ですよね。
熊谷家の夏のしつらえと手水

 画像は、石見銀山熊谷家の袈裟形手水鉢です。この重要文化財熊谷家住宅では季節毎のしつらえに、大変なこだわりを持って管理されています。真冬には、冬の建具で薄暗く、火鉢や、部屋によってはこたつが置かれたりしていましたが、今頃は、夏のしつらえで迎えてくれます。開け放たれた戸、涼しげな建具。それだけでなく、ひしゃくが添えられ使える状態にされている手水が、きっと当時(いつだ?)の息づかいを醸し出しているのでしょう。
今日は、これだけ・・・。
  1. 2013/07/14(日) 07:05:55|
  2. 石見のお庭
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今日のかめさん(ずいぶん前ではありますが)

直接のお庭ではありませんが、お庭には付きものと言うことで、手水の画像を・・・。
 世界遺産石見銀山のど真ん中に鎮座する佐毘売山神社の拝殿の前にはカメが居ます。普段なら、口から水を吐き出しているのですが、冬の渇水の時期にはカメも冬眠中のようです。佐毘売山神社を愛する誰もが気にしているカメさんです。
佐毘売山神社のかめ

かめの手水

 毎日手入れされる熊谷家の手水と違って、落ち葉だらけで、とても使う気にはなれない手水ではありますが、行けば必ず挨拶したくなるカメさんなのでした。
  1. 2013/03/09(土) 07:55:07|
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石見銀山の武家屋敷河島家住宅

 パンフレットによると、河島家住宅は寛政12(1800)年の大森大火より後に造られ、文政8(1825)年までに座敷奥ノ間が増築されたと推定されています。発掘調査で飛石の痕跡が確認され復元されたお庭は、その奥ノ間に伴うものですので文政年間頃?・・・まぁ、判りませんが、築山の低い平庭に作られています。
武家屋敷河島家のお庭
 大森の町並みでは、武家屋敷と町屋が混在していますが、おおざっぱに言えば、通りに軒を接しているのが町屋で、塀を巡らし、通りとの間に前庭を置いているのが武家屋敷と言うことになります。特に、件の大火後の再建では、主に町屋には赤い石州瓦が葺かれ、武家屋敷には灰色の宅野瓦が使われた場合が多かったようです。現在では、圧倒的に石州瓦が使われていますけれど、本来は、もう少し黒瓦の混在割合が高かったはずです・・・
 庭の話ではないですね・・・。

大森の蛇口
おまけの画像:大森の町並みで見つけた蛇口。
 蛇口でしかない。蛇口だけれど水は出ない。しかし、確かに、そこに蛇口は存在する・・・。
  1. 2013/01/20(日) 10:01:49|
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 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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