木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

天橋立図を探して

室町時代に活躍した画聖、雪舟の代表作の一つと言えば国宝『天橋立図』です。
お松:せ・雪舟?!だ・誰ですかぁ?い・いったい何の事ですかぁ?
やや:リアクション芸人か?・・・とは言っても、「雪舟を探して」カテゴリの最終更新は・・・。
お松:え~っと・・・2015年3月ですね。つまり、2年以上放置してた?
 そう言えばこのブログ、西日本各地にある伝雪舟作のお庭は、はたして雪舟が作庭したのか?みたいなテーマだった事もあったような・・・。
やや:・・・。ま、それは、そういうことで、え~と。
 室町時代に活躍した画聖、雪舟の代表作の一つと言えば国宝『天橋立図』です(←お松:デジャブ?)。日本三景天橋立と阿蘇海、宮津の町を俯瞰した絵ですが、実は、なんと、下絵。完成作品は伝わっておらず、作品直前段階の下絵にもかかわらず国宝!と言う代物です。
 絵そのものは、「雪舟」「天橋立図」とかで検索していただくと京都国立博物館のページで見ることができます。以前からぜひ現地を見たいと思っていましたので、竹生島の帰りに、ちょっくら寄ってきました。
天橋立

お松:お~。天橋立ですな。股覗きとかするところですよね。
やや:皆さんやってらっしゃいましたよ。
お松:興味なさそうですね。
やや:雪舟の『天橋立図』は、天橋立を真正面から見た構図になってます。なので、もっと右手の方から見たいのですが・・・。と言う訳で、車を走らせると、「雪舟観展望所」なる所がありまして、そこに上がってみると。
雪舟観展望所から見た天橋立

お松:よく見えませんねぇ。
やや:夕方だったというのもありますが、雪舟の『天橋立図』にはほど遠い構図ですね。
お松:何が違うんでしょう?
やや:この上空に、ドローンでも飛ばせば、雪舟の構図に近づけるかもしれませんね。
お松:そうか、雪舟は、高~い所から見て書いたんですね。と言うことは、雪舟はドローンを使って?
やや:んなはずねーだろ(←お松:でっかい凧に乗ったとか?←やや:それは名古屋城の柿木金助とか石川五右衛門とか・・・)。
 つまり、雪舟が描いたのは、写生ではなかったと言う事です。
お松:何のことだか、余計にわかりませんが・・・。
やや:雪舟を現代的な感覚で芸術家だと思うと理解できないのですが、筆も絵の具も高価だった室町時代。絵を描くにはスポンサーが必要です。雪舟の場合は、山口の大大名大内氏です。応仁の乱を経て戦国時代に突き進む15世紀です。なので、仏画は臨済宗のお寺のために、肖像画や花鳥画は、大内氏にとって利害関係のある人たちへの贈答品として、そして風景画は、重要な場所の地図の役割も持っていたと考えられます。写真のない時代。詳細な風景画は各地の様子を大内家に伝える、現代で言えば偵察衛星の代わりですね。なので、『天橋立図』も、ただの写生ではなく、地域全体を俯瞰し、お寺などの重要施設が名前付きで描かれています。
某ホテルから見た天橋立

お松:なるほど~。で、この構図は、雪舟に近いんじゃないですか?
やや:ホテルの窓から撮りましたが、もっと高さが欲しいですね。
お松:雪舟は、どうやって描いたのでしょうか?
やや:おそらく、全体の構図は、写生的に、それぞれの建物は、それぞれの建物の近くで描いて、合成したのではないでしょうか?「天橋立図」は、相当研究されていて、かなり高齢になってからの絵なのだそうです。
お松:雪舟は、高齢になってからも、パワフルに活動していたのですね。
やや:働かされていたとも言えますけどね。
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  1. 2017/05/14(日) 11:58:13|
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久しぶりに雪舟を探しはじめた件について

お松:こにゃにゃちわ~!って、この挨拶から始めるのも久しぶりですねぇ(←やや:それがどうした?)。
 さて、
 なぜか、久しぶりに雪舟のお庭探しを復活させる件について、も少し確認おば。
 雪舟が日本画の祖と言われ、多くの国宝絵画などを残した方だというのは間違いないんですね(←やや:へい、そのとおりでやんす)。で、その雪舟が作ったと言われるお庭って、何件ぐらいあるんですか?
やや:ざっと40~50ヶ所。京都・広島・山口・福岡・大分そして島根の1府5県にあります。で、「こりゃ確かに雪舟作庭説もあり得るわ」っちゅうお庭から、「そりゃありえんだろ!ない、100パーない!」っつ~お庭まで様々です。
お松:それにしても40~50って、尋常な数じゃないですよね?そんだけあるんなら、少しぐらいは雪舟がってことは?
やや:ふ・ふ・ふ(←お松:ナゾの不敵な笑い?)。そもそも雪舟って、画僧としては有名ですが、雪舟自身は大寺院のトップに立った人ではありません。大名とかでもなく、しかも主に活躍した場所は、都から遠く離れた豊後府内(大分)や周防山口です。なのに、雪舟の生涯は割と詳しくわかっています。
お松:それは、雪舟の生涯を記録した人がいたって事ですか?
やや:そうです。いっしょに明へ渡った呆夫良心(ほうふりょうしん)や了庵桂悟(りょうあんけいご)といった禅僧が雪舟の様子を詳しく記しています。特に大親友の了庵桂悟は、今、知られている雪舟のエピソードのほとんどを記しているのですが、それは、雪舟自身が了庵桂悟に語ったからなんです。
お松:自分で語っているのであれば、それは間違いないですよねぇ。
やや:でも、当然ですが、自分に都合の悪いことは、一言も語っていないようですね(←お松:ありゃ?)。なので、鳴かず飛ばずの京都修行時代の事は、ほとんどわかりません。
凌雲寺跡の石垣

 雪舟は1420年、備中(岡山)生まれです。若いうちは京都の相国寺や東福寺で修行するのですが・・・その後、西国の大大名大内氏を頼って周防(山口)へ移ります。そこで大内氏の遣明船に滑り込み、明へ渡ると、そこで突然未来が開けるというシンデレラストーリー・・・シンデレラって言っても、この時すでに48才のおっさんですが・・・。
お松:そこからが画聖雪舟と言うことですか?
やや:そうです。明で大暴れ(と言っても絵のことですが)し、応仁の乱真っ盛りの日本に帰国して、まずは大分で、その後は山口を拠点に絵を描きまくってます。で、多くの傑作を世に送り出し、16世紀初め頃に、そのデンジャラスでワンダーな人生を終えていると言う・・・。
お松:わかっているんなら、それで解決じゃないですか?
やや:いや、呆布良心や了庵桂悟が記したものには、雪舟がお庭を作ったとは、まったく記されていないんです。
お松:ん?つまり・・・。
やや:そう。つまり、わからないんです。
お松:・・・。でも、伝雪舟作庭園は40~50ヶ所もあると・・・。いかにも、ややさんが好きそうな気がしてきました。
やや:どう言う意味か?
山口市吉敷の凌雲寺跡
 画像は、山口市吉敷にある凌雲寺跡です。このお寺の遺跡は、知られている雪舟の生涯のほとんどを紹介した、雪舟の大親友である了庵桂悟が永正4年(1507年)頃に開山したとされています。了庵桂悟はこの年に、雪舟の死を悼み懐かしんだ詩を雪舟の山水図に記しています。
 今は、その石垣だけが残されています。
  1. 2015/03/01(日) 19:10:24|
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久しぶりに雪舟を探しています

お松:お仕事の方は一段落したんだと思ってましたが、また、ずいぶん更新が滞っているようで?
やや:じ・実は、久しぶりに雪舟にはまってしまって、いろいろ資料を読みあさってます。で、これがまた、か・漢字が読めない・・・(←お松:漢字のせいですか?)。
常永寺庭園の船石
お松:雪舟?って、なんだかずいぶん前にしていた話ですよね。すっかり忘れちゃいましたよぉ。確か、室町時代頃のお坊さん?日本画の人?
やや:15世紀後半に活躍した臨済宗の画僧なんですが、一般的には「日本画の祖」とか「画聖」と呼ばれている方です。現存するその作品のほとんどが重文や国宝になっていて、もしかすると、個人としては最も多くの国宝を製作した方じゃないかと思ってます。
 で、その雪舟作と言われるお庭が西日本各地にあるのですが・・・。
お松:それに難癖をつけていると?
やや:だ・は・は・・・。まぁ、実際に、雪舟が作ったという確実な証拠のあるお庭はまったく無いわけで、そのあたりを・・・。
お松:おもしろがってちょっかい出していると?
やや:・・・まぁ、そうです。雪舟や雪舟の絵の研究は山ほどあって、伝雪舟庭園についても、お庭としての研究であれば、色々あるのですが・・・。
 雪舟がお庭を作ったかどうかについての研究は、非常に少ないんです。雪舟庭をウリにしている観光地も多いので、やりにくいのかもしれませんが・・・。とにかくこれは、おもしろい。
お松:なので、当分は「ブログそっちのけ」と言うことでしょうか?
やや:う?いや、そっちは細々とは続けていきますので・・・。
常永寺庭園

画像は、伝雪舟庭園の代表である、山口市の常栄寺庭園(季節外れでゴメン)です。ごつごつとした岩を上向きに立てているところなんぞが、雪舟の絵に通じるのだそうですが・・・。
  1. 2015/02/28(土) 11:39:13|
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久しぶりに万福寺のお庭

 島根県の西の端、益田市にある万福寺のお庭です。室町時代に建てられた重要文化財の本堂の裏に、雪舟の作庭と言われるお庭が残されています。
お松:ひえ~!お庭の話!しかも雪舟じゃないですか?お庭なんて、とっくにやめちゃったのかと思ってました。ねぇ、ねぇ、知ってました?このブログは歴史的なお庭についてのブログだった事もあるんですよぉ?
やや:やかましい!今だってそうです!ちょっとネタ切れで滞っていただけです(←お松:「ちょっと」ですか?)。たまたま益田に行く機会があったので、万福寺にも寄ってみました。
万福寺庭園
お松:あんまり久しぶりでよく覚えていないので、ちょっと復習をお願いします。確か雪舟というのは室町時代の画家?
やや:臨済宗の画僧・・・つまり仏画などを専門的に描くお坊さんです。中国・・・当時の明に渡り、帰国後は山口の大大名大内氏の庇護で多くの絵を残しています。国宝絵画を最も多く描いた人です。日本画の祖とか、画聖とか呼ばれています。で、なぜか西日本地域に伝雪舟作のお庭が多く残されているんです。
お松:で、それに惹かれたややさんは、あちこちでお庭を見て回る一方、雪舟の生涯について勉強を始め、勢い余って日本画の歴史の勉強まで始めてしまって、結局、訳がわからなくなってしまったんですよね。なんで岩佐又兵衛の勉強しているんでしたっけ?
やや:・・・。
お松:図星か・・・。ま、とにかく、ややさん的には雪舟はお庭を作っていないんじゃないか?って事でよろしかったでしょうか?
やや:雪舟の生涯は友や弟子の残した文字で、比較的よくわかっています。特に大親友の了庵桂悟が記した「天開図画楼記」には、雪舟の仕事ぶりなど、相当詳しく記されています。それは、雪舟自身による盛大な売り込みによるのですが、その中に作庭に関することが一切出てこないんです。だから作庭はしていないんだろうと・・・。研究者の中には、作庭に当たって、雪舟に「意見を求めたケースも想像される」ぐらいまで踏み込んで言われた先生もいらっしゃいますが、それはリップサービスというか・・・。
万福寺庭園の池
お松:じゃぁ、あちこちにある雪舟のお庭は?
やや:3パターンぐらいのケースがあると思いますが、一つは、雪舟の描いた山水画をモデルに作られたお庭。伝雪舟庭園には臨済宗ではない天台宗や時宗のお寺にもあります。雪舟の直接関与ではなくても雪舟のお庭ができる可能性があるとしたら・・・。雪舟の絵から作られたと言うことで、「雪舟作」はぎりぎりセーフかと・・・。
お松:フライング気味って言うか、ぎりぎりアウトのような・・・。で、2つめは?
やや:雪舟の滞在が知られる地域にある、岩の特徴が雪舟を思わせるお庭。雪舟の絵は、岩の描き方に特徴があります。で、ごつごつした岩を多用した古いお庭で雪舟が滞在したことがある地域のお庭は・・・。
お松:アウトかな?
やや:最後は、雪舟が滞在したことのある地域の古いお庭。
お松:それだけ?・・・それって・・・。
やや:まぁ、その辺は追求しないでおいて。で、この万福寺のお庭です。本堂は室町時代。お庭も室町期でよいでしょう。益田には雪舟が滞在した可能性が高く、雪舟が関与した可能性もあります。ただ、お寺は時宗で臨済宗ではありません。
お松:で、どうなんですか?
枯れ滝
やや:石や池の配置が、雪舟が描いたとされる富士清見寺図に似ていると言う説もあります。
お松:って事は?
やや:ケース1の可能性もあるってことで・・・。
お松:断定しないんですね。
やや:それは無理だって。
  1. 2014/09/07(日) 18:53:37|
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雪舟を探して(その5)雪舟、明へ行く、で、明ではしゃぐ!

京都でつらく修行を続けていた雪舟は、西国の大大名“大内政弘”を頼って山口へ向かいます。この辺りが、昔ながらの美術系・観光系の雪舟話では、「硬直化した京都の絵に辟易し、山口へ向かった」なんて言い方をされる事もありますが、むしろ、東福寺の人脈を頼ってなんとか脱出したと言う方が近そうです。で、山口で明を目指します。
 明を目指すには、大内氏に頼らざるを得ない?
 そうなんです。当時の明は朝貢貿易以外は認めていません。一方、それで得られる明の産物は、その希少価値も、当時の日本で莫大な利益をもたらしたようです。
雪舟の時の遣明船の3艘の内訳は、1艘が室町殿(幕府・・・実は実質的に大内)の船。もう1艘が管領細川家の船。そしてもう1艘が大内氏の船です。出港直前に文明応仁の乱が始まっていますので、国内的には細川と大内は戦争中!?まさに呉越同舟のすごいパーティです。
 ところで、遣明船には必ず禅僧が乗り込んでいます。当時の禅僧は最新知識を持つインテリであり、漢字を駆使して外交を担い、おまけに商売までやっちゃう人たちでした。平安時代の終わりから始まった、宋・元との貿易では、頻繁に往来していた禅僧が通訳もこなしたため、貿易と商売には禅僧の存在が不可欠だったようです。その役割は、日明貿易でも引き継がれ、遣明船には必ず禅僧が乗っていたようですが・・・禅僧の役割は通訳?・・・実は、宋の頃と違って、明が貿易統制を強化すると・・・当然、日本の禅僧も入明の機会が激減し、中国語と接する機会も無くなります。・・・結果、禅僧と言えども中国語が話せなかったのでは?と言われています。・・・ただ、漢字文化圏のありがたい所は、いざとなったら筆談ができる(私も台湾でそうした!)。特に禅僧の教養のひとつに漢詩がありますので、そのあたりで最低限の意思疎通は可能だったことでしょう。
 そんな背景の中で、京都で鳴かず飛ばずの雪舟は、遣明船に滑り込むことに成功します。
 ところが?
 明では、大歓迎されちゃいます。絵の才能が明で認められた?・・・そう言う可能性も、それほど言い過ぎではないでしょう。
 日本を出港した遣明船は寧波に入津し、北京の入国許可を待つ間、寧波周辺で過ごすことになりますが、その間に雪舟は寧波の南、天童山景徳寺で「天童山第一座」と言う称号を贈られます。その後、大運河を北上して北京に入り・・・北京では、礼部院中堂で壁画を描いたとされています(でも、明側での記録は無し!)。
 とにかく、京都で鳴かず飛ばずだった雪舟の絵は、明で(表向きには)絶賛され、雪舟は「ざぁまぁみろ!」と思ったはずです。ところで、寧波で贈られた「四命天童第一座」と言う称号は、現代の日本で言えば、海外の元大統領とかが来日し、有名大学とかで講演して「名誉教授」の称号をもらうようなものだと思われますが・・・。でも、雪舟は(おそらくそのことも知った上で)お気に入りだったようで、帰国後は頻繁に使っていますね。認めてくれなかった京都と本場での評価の差が、よっぽどうれしかったのでしょう。
さて。この間のお話は、大親友の了庵桂悟が記した『天開図画楼記』などに記されています。もちろん、お庭らしき話はほとんどできてきません。お庭関係の雪舟本には、「京都で夢窓礎石を始めとするお庭を見て、明で本場の庭園に心打たれた」かのような事が書かれているものもありますが、おそらく、山口から明へ向かう経緯を考えても、明での公式行事や遣明使一行の団体行動を見ても、そしてなにより、雪舟自身がこなしたお仕事(もちろん、明で描いた絵のこと)を見ても、とてもお庭やってる暇は無かったでしょう。

お松:まいど、おじゃまします。なんか、毎回同じ事を聞いていますが、やっぱり、お庭は作ってない?って事でよろしかったでしょうか?
やや:京都から山口経由で明に渡り、帰国するまでの間については、絶対にお庭作りに関わっていないと思います。例えば、雪舟が描いた絵がお庭のモデルになる、と言うような間接的関与であっても、帰国する以前であれば、100%無い!と言っても良いと思います。
お松:お~。いつも、「判らない」しか言わないややさんが、いつになく強い否定で!やっぱり、雪舟は庭を作っていない!
やや:帰国するまではねっ!
お松:それ以後は、まだ判らない?と言うことですね。ま、い~か。で、この頃、雪舟は何歳ぐらいなんですか?
やや:う~ん、確か、48~9じゃないかな?
お松:げ!いい年じゃないですか?もう、半生が終わってる?少なくとも、前半生ではお庭に関わってないんですね。
・・・そう言えば、ややさんもそろそろ半生が終わりそうですが・・・。
やや:ほっとけ~!
瑠璃光寺の五重塔

画像は・・・雪舟も見たはずの瑠璃光寺五重塔と、その前にいらっしゃった雪舟さん。・・・なんだか、難しそうなお顔していらっしゃいますが・・・。

雪舟さん

(歯でも痛いんですかねぇ?この元になった自画像は、もうすこし、優しげですけどねぇ・・・。←お松:また、余計なことを・・・。)
  1. 2013/01/27(日) 12:07:07|
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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