木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

凛としたお庭、亀の尾の滝、そして蘇鉄

 寒い。積雪と言う程積もってはいませんが、あちこち白くなってます。
 昨夜からの雪が小止みなったところで、やっと暖房の前を離れ、行くぞ~っと。愛車を走らせ西へ・・・大社方面へ・・・あれ~?全く雪がない・・・。
 と、言う訳で、出雲大社の北島国造館にある亀の尾の滝です。刺すように冷たい風。夏場には見られないほど透き通った水。・・・来て良かった。
北島国造家庭園亀の尾の滝

 お庭の滝と言えば、三段に組まれたような人工の龍門瀑なんぞを思い浮かべることが多いと思いますが、出雲のお庭には意外なほどありません(・・・無い訳ではありませんが)。そもそも枯山水(いわゆる出雲流庭園とかか?)が多く、池泉庭園が少ない地域なので当然と言えば当然ですが、でも一方で、意外に多いのが自然の斜面を落とす豪快な滝。特に奥出雲の鉄山師のお庭(絲原家庭園や櫻井家庭園)が知られていますが、この亀の尾の滝もなかなか豪快です。こうした豪快な滝は、夏に見るのももちろん涼しげで良いのですが、真冬の滝は・・・特に木陰にある、この亀の尾の滝は・・・その凛とした厳しさがすてきです。

 このお庭、問題の蘇鉄のあるお庭です。蘇鉄があるだけで、新しい公園的な印象を受けてしってましたが、天保年間(1830~1843)と言われる「杵築惣絵図」には池が描かれていますので、少なくとも江戸後期にはこの原形が存在したはずです。
 この蘇鉄には、防寒対策のミイラ巻きもされていません・・・でもがんばってます。耐えています。凛として!
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  1. 2011/12/24(土) 19:15:23|
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さぶい~

山陰地方は12月に入ってから、ナゼか毎週金曜日は雪です。さぶい・・・。
この三連休は特に用事もなく、お庭巡りでも、と思っていたところでしたが・・・さぶい・・・暖房の前から動けません・・・。
軽く雪をかぶったお庭。きれいだろうなぁ・・・でも、寒いなぁ~。

識名園

あんまり寒いので・・・
写真は、暖かい沖縄のお庭、識名園です。琉球王朝の尚王家の別邸でしたが、沖縄戦で大きな被害を受けました。幸い、多くの記録が残されていたことから、復元され現在至っています。でも、個人的には、手水や灯籠などの細々したものは・・・記録がないのか・・・。明るく広々した空間。琉球石灰岩の白。沖縄の伝統的な建築と中国風の石橋がすてきです。
  1. 2011/12/23(金) 11:46:20|
  2. お庭でひとりごと
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そばとお庭と重森三玲

お松:おっはよー。卜蔵庭園の記事、見ましたよ~。一人でそばを食べてきたんですね。ひ・と・り・で・・・。
やや:だからなんだよぉ。それに、庭じゃなくって、そばの方かい?
お松:ま、いいけど・・・。卜蔵庭園、今度は連れてってくださいね。
やや:卜蔵庭園じゃなくって、そばだろ?
お松:ところで、卜蔵庭園を整備した重森せんあおって誰ですか?
やや:“せんあお”ではなく“ちさお”氏です。昭和を代表する作庭家、そして何より日本を代表する庭園史研究者である重森三玲氏のお孫さんです。千青氏ご本人も庭園史研究者で作庭家です。重森三玲・完途・千青、三代に渡る庭園史一家です。
お松:へ~。重森ミレ~、重森カント?どっかで聞いたことがあるような・・・。
やや:重森さんのお庭って、島根県内には、なぜかいっぱいありますよ。例えば、島根県庁。
お松:え?県庁の前の広場?
やや:そうです。前だけではなく、中庭なんかも重森作品です。他にもホテル宍道湖の庭園や出雲市立図書館のお庭なんてのも・・・。
お松:え~!庭園が在ることすら気付かなかったような?
やや:なんつ~失礼な。・・・とは言っても、そんなすごい庭とも思えないし、以前は私もあんまり興味ありませんでしたわ。
お松:以前は?・・・って事は近年になって興味が沸いてきたと言うことですか?
やや:京都の東福寺の方丈庭園を見てからですね。東福寺方丈庭園は昭和14年、重森三玲による作庭です。「永遠のモダン」なのだそうで、チェッカーフラッグみたいな苔がすてきです。東福寺には、普門院でもチェッカーフラッグみたいな砂紋を引いていて、おもしろいです。島根県庁庭園を知っていたので、アレを見るまではなめてましたけど、やっぱすごいわ。で、氏の関わったお庭が、なぜか島根県内にはたくさんあります。他には、雪舟庭園として知られる医光寺庭園も重森三玲が修復していますし・・・。
お松:へー。じゃぁ今度は一緒に見に行きましょうよ!
やや:島根県庁にですか?
お松:そばのあるところ!
やや:島根県庁の食堂ですか?
お松:・・・。

東福寺北庭

写真は、東福寺方丈北庭です。永遠のモダンなのだそうです。
  1. 2011/12/11(日) 08:08:50|
  2. お松との会話
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鉄山師のお庭の渡れない橋と割り子そば

 以前から、見たかった。行こうと思えばすぐにでも行けたのに、だから行かない・・・私にとってそんなお庭が卜蔵(ぼくら)庭園でした。長らく放置され、卜蔵宅跡地に集会所が建ち、でも町指定名勝・・・。そして現在は、お食事処椿庵。
 休日出勤が続き、体調を崩したこともあって、久々の休み(ほぼ、さぼり)。でも、突然、蕎麦が食べたくなって、奥出雲の横田まで行っちゃいました。そば所の横田には、たくさんのおいしいそば屋がありますが、どうせ行くならお庭も・・・と言う訳で、冬眠直前の卜蔵庭園“椿庵”を目指したのでありました。
 ・・・うまい。いい香り。添えられたわさびもいい香り。え、おまけですか?頼んだ覚えのないムカゴご飯のおにぎりまで添えられて出てきました。目の前に卜蔵庭園を眺めながら、おいしい割り子そば・・・満足です。

卜蔵庭園

 卜蔵(ぼくら)庭園は、広島や鳥取県境に近い奥出雲町追谷にあります。元禄4(1691)年に関西地方の庭師(?)を招いて作られたと伝えられる鉄山師卜蔵家跡のお庭です。卜蔵家は、江戸時代には郡役人も勤めた有力な鉄山師の一つ。お庭は、船通山を借景に、鉄山師が大得意な水を引き、滝を落とした池泉庭園です。現在ある建物は、本来の位置と異なり、床下にも飛石が続くと言うことですので、手前はもう少し広かったはずですし、池護岸や池に接した駕籠石も変なので、池ももう少し大きかったかもしれません。でも、亀島も滝石組みも池手前に置かれた手水鉢も、江戸初期の作庭を主張するにふさわしい立派さです。
 でも、お庭は生き物。江戸初期の作庭としたら、300年以上も前のこと。その間、様々に改変されたことは想像されますが・・・何だろう?この渡れない石橋は?渡れない石橋の向こうに手水?渡れない対岸にも飛び石が?

渡れない橋

 問題の渡れない石橋や使えない手水、灯籠は『日本庭園史大系』でも後補であろうとされています。そうした部分を差し引いて見ると、江戸初期の出雲の鉄山師のお庭が想像されますね。改変の経緯やその時の時代性も興味がわきます。絲原家庭園や櫻井家庭園の様な背後の斜面から落とす滝ではなく、築山を築き、石組みを施して組まれた滝組みはむしろオーソドックスです。
 このお庭、昭和初期に卜蔵家が移転した後、長らく放置され荒廃していましたが、重森千青氏等の尽力により整備され、現在の姿(重森三玲・完途氏の測量図)になったものです。でも、植栽も池泉も維持が大変なのだそうで、椿庵のおかみさんも困った様子でしたが、そこは何とか維持し続けてほしいものです。
 お食事処椿庵の方は、これから3月まで「雪深い所なので冬ごもり(おかみさん談:冬期休業)」なのだそうです。それに、それ以外の時期も営業日注意です。
  1. 2011/12/10(土) 10:12:29|
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巨大短冊石

 出雲のお庭のもっとも極端なデザインが、巨大な短冊石だと思います。とにかくでかい!4mを超えるものもあります。その2枚の石の重なる部分も深くとられる事が多く、歩きやすくはありますが、軽やかとは言い難い。むしろ一種の重々しさを持って庭の真ん中で存在感を放っております。
 広い敷砂に巨大短冊石。控えめの築山に黒松。そうしたお庭は、出雲平野を中心に、明治から大正・昭和にかけて作られているようです。もちろん、江戸後期の松平治郷=不昧公が関わるような露地や茶庭では庭のど真ん中に切石の短冊石を置くこともしませんし、そもそも巨大な切石の短冊石が存在しません。
 明らかに人工物である巨大な切石の短冊石はいったい何なんでしょう?近世から近代へ。西洋的で近代的なイメージが人工的な直線を庭の中心に置きたかったのでしょうか?
 当時の感覚としてはハイカラなイメージだったのかもしれませんね。
原鹿の豪農屋敷庭園

 写真は原鹿の豪農屋敷庭園です。この屋敷は、豪農江角家が明治30年代初めに建てたもので、お庭関係では、大正期になって水琴窟を整えたと推定されています。敷砂が目立つ広い平庭で、敷砂の真ん中に置かれた全長4.6mの短冊石は、“日本最長”とわざわざパンフレットに書かれています。
  1. 2011/12/04(日) 16:54:55|
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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