木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

松江藩のお庭と出雲流庭園(その2)

 江戸の大名家では、立派なお庭をたくさん作っていることが知られています。火事の多かった江戸の屋敷では、火除け地としても防火用水の池泉としても、庭には様々な機能が求められました。都心部では現在でも多くの回遊式庭園が残されていますよね。そんな訳で各藩の、特に下屋敷には広大なお庭が造られました。
 一方国元では・・・もちろん松江にも楽山があります。松江藩主松平家第2代の松平綱隆の頃(17世紀中頃)から造られ始めた楽山は山全体を使った広大な回遊式庭園となりました。松江藩に限った事ではありませんが、江戸時代の藩の施設の多くは明治維新後に公共施設に使われることが多く、楽山も楽山公園となってテニスコートなどが造られてしまっていますね。さいわい楽山には大きな池が残されていますが、この池から出雲流庭園につながるようなものは、何も出てきそうにありません。
 松江藩の回遊式庭園以外にも、出雲地方には戦国から江戸時代前半までに造られたお庭がいくつか知られています。例えば雲樹寺庭園(安来市)、乗光寺庭園(松江市東出雲町)などの寺院庭園、鉄山師卜蔵家(奥出雲町)の庭園などが知られていますが、これらのお庭にも、どうも出雲地方だけに見られる特徴的な何か?みたいなものはあまり感じられませんよねぇ・・・。卜蔵家庭園には確かに(小さめですが)短冊石や石臼などがありますが、これらは後補だと言われています。長年にわたって維持され続けてきた証拠であって、当初からのものとは思えませんので・・・やはり、不昧公なのか?でも、それもねぇ・・・
 その辺を、も少し掘り下げていきたいと思います。次回は不昧公のお庭ってことで・・・。

乗光寺庭園の枯滝組



 写真は乗光寺庭園(松江市東出雲町)の枯滝組付近です。乗光寺庭園は斜面を利用した枯山水ですが、灯籠や蹲踞、建物との距離感やそれを埋める飛石列がちょっと不思議な感じになっています。おそらく何度かの被災とその度の修理・小改造の影響もあるのでしょう。
 このお庭は平安末期に富田城を築城した平景清が作庭したと伝わるお庭です。もちろんこういった枯山水が平安末までさかのぼる訳ではありませんが、少なくとも出雲では比較的古いお庭であることは間違いなく、改変の痕跡があっても、それは長年にわたって大切に維持されてきていると言う証拠でもあります。
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  1. 2012/01/28(土) 11:36:46|
  2. いわゆる出雲流庭園
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松江藩のお庭と出雲流庭園(その1)

 出雲流庭園とは何だろう?私にとっての大きな疑問です。少なくとも出雲流なる流派を掲げて庭を造ろうとした人は現代の造園屋さんしかいないのでは・・・。例えば、江戸時代に出雲流庭園ってあるのでしょうか?
 出雲流庭園ではなくって、「玄丹流」庭園と言う言葉があります。玄丹流庭園の沢玄丹とは不昧公が江戸から連れ帰った庭師と説明されることが多いようです。重森三玲・官途両氏は「沢玄丹一派」が作庭した庭というのをいくつか上げてはいますが・・・。一方、「出雲流庭園」を提唱した小口基実・戸田芳樹両氏は沢玄丹と言う人物の存在そのものを完全否定しておられますし・・・う~ん、むずかしい・・・。

 一方、他の地域では見られない「出雲地方だけの特徴的なお庭」と言うことであれば、近代になって作られる巨大短冊石のあるお庭?!でしょう。ただ、これこそが出雲流庭園だと言ってしまうと、どんなにさかのぼってもせいぜい幕末。不昧公の時代にはもちろん、江戸時代だとか、松江の茶文化だとかは関係が薄くなりかねません?では逆に確実に江戸時代とか、不昧公とか、松江藩が関与したお庭にはどんな風になっているのでしょう?その辺がいわゆる出雲流庭園をほじくり出す鍵かな?
 と言う訳でしばらくの間、私が考える出雲流庭園を紹介していきたいと思います。
絲原家のいわゆる出雲流庭園

 写真は絲原家庭園(奥出雲町)の「出雲流庭園」の説明版のある部分。大正時代に建てられた新座敷の書院のお庭。巨大短冊石、景石になっている手水鉢、石臼形の人工的な飛石・・・。
 絲原家庭園は、(多少、後世の改造もありはしますが)滝を配した鉄山師の池泉庭園の部分、長い延段や不思議な形の手水を置いた松江藩の御成庭園の部分など出雲地方の庭園史を一目で見ることのできる大変なお庭だと思います。
  1. 2012/01/22(日) 18:18:18|
  2. いわゆる出雲流庭園
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つんく・小堀遠州・モー娘

 ずいぶん前のことになりますが、小堀遠州は“つんく”だ!と叫んでみたら、けっこう突っ込んでくれた人がいました。・・・何が言いたいのかというと?ねぇ、何となく判るでしょ!・・・AKB48じゃぁないんです・・・どっちかというとモー娘とか・・・?
 いろいろなケースで全く違う雰囲気の、でも喜ばれるものをうまく組み合わせて作る。二条城二ノ丸、金地院・・・伝統?武家文化?西洋指向?・・・時には実験的な事とかもしているみたいだし・・・楽しいけれど、訳の判んないものも・・・。松平治郷(=不昧公)のお庭を理解しようと思えば、松平治郷垂涎の小堀遠州を理解する必要がありそうなのですが、これがまた・・・

3290.jpg

 写真は岡山県高梁市の頼久寺です。備中松山城の直下にある、小堀遠州が若い頃に造ったと言われるお庭の・・・延段?飛び石ではなさそうだし?まさかの雨落ちって事も無いだろうから・・・うーん、スマイレージですね。
  1. 2012/01/21(土) 08:49:49|
  2. お庭でひとりごと
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御止砂は本当に赤いか?

 出雲地方のお庭の多くは、書院の縁と築山との間の敷砂が広く、広~く取られています。敷砂の反射は、電気の無い時代ならお部屋に光を取り入れる大切な仕組みのようです。
 ところで、ものの本によると、出雲地方のお庭の敷砂は、赤みを帯びた砂が敷かれるとされています。この砂は「御止砂」と記され、その昔、松江藩が藩外への持ち出しを禁止していたと伝えられています。が・・・実際、どこのお庭を見てもそう赤いようには感じません。これは確かに赤い!と感じられるのは出雲市平田町の旧本陣記念館主庭ぐらいだと思うのですが、このお庭も移築された庭ですので、移築の際に当然砂は・・・。
 逆に、御止砂は本当に止められていたのでしょうか?本当に止められていたとして、そもそもいつまで止められていたのでしょうか?例えば「御止石」とされていた来待石の狛犬は、少なくとも江戸後期には藩外に出されていますし、出雲石灯籠や棟石(出雲地方では屋根の棟を来待石で押さえる。この棟石は隠岐や伯耆・因幡を始め日本海岸に点々と見られる。でも石見にはほとんど無い!)だって、江戸期にさかのぼる可能性があるし・・・。
 砂は、毎日丁寧に掃き清められていれば次第に少なくなる消耗品。しっかりと管理されるが故に赤みが薄くなる場合も、砂そのものが少なくなる場合もあるのではないかと言うことで・・・この御止砂、しばらく注意して見ていきたいと思います。
 そう言えばよそで見る敷砂は、も少し黒っぽいか?
康國寺の白い敷砂旧本陣記念館主庭の赤い敷砂



写真は砂の白さが映える康国寺庭園と、赤さが目を引く御止砂(?)の旧本陣記念館主庭(いずれも出雲市)
  1. 2012/01/14(土) 11:44:50|
  2. 出雲のお庭
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苔のお庭

 苔は、大変なんだそうで、付くか付かないかは、多分に運に左右されるのだそうですね。きれいに付いていても、環境が変われば・・・(例えば裏山でトンネル工事が行われて、地下水の流れが変わったとか)・・・古写真を見ると広く苔に覆われていたはずなのに今では・・・なんてこともあるのだそうです。
 発掘されて復元されたお庭では芝を使うことが(わかんないので当然)多いのですが、やっぱり、元気な苔の美しさはたまりません。

蓮乗院の苔

 写真の飛石が埋まってしまいそうな苔は、清水寺の蓮乗院庭園(安来市)。こういうのを見ると、なんだかうれしいですよね。
  1. 2012/01/09(月) 18:22:46|
  2. お庭でひとりごと
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謹賀新年 今年の抱負とか・・・

お松:新年あけましておめでとうございます。昨年は、いろいろとありすぎた年でしたが、今年こそは、皆様にとっても良い年でありますように。
やや:あけましておめでとうございます。まったくそのとおりでございます。
お松:以下略って事ですか?
やや:新年早々つっこむねぇ。
お松:てへっ!ほめられちゃった(←そんな覚えはありません)。さて、今年の抱負とか、目標とか、なんかありますか?
やや:なんかって何だよ!・・・え~旧年中は、京都のお庭をずいぶん見る機会がありましたが、新年は九州・山口のお庭を見たいですね。ねらいは雪舟のお庭と言われているお庭です。
お松:九州から山口にかけて、雪舟作のお庭がたくさんありますね。
やや:雪舟作と伝えられているお庭ですね。雪舟が作ったかどうかは・・・。
お松:それは、どう言うことですか?雪舟ではないのですか?
やや:雪舟でないお庭も含まれているかもしれませんね。その辺を見て回りたいと思っています。
お松:だから、その辺を教えてくださいよぉ。
やや:だから、その辺を見てからね。
お松:いじわる!
やや:てへっ、ほめられちゃった。
お松:あ~!取ったぁ!

萬福寺のお庭

写真は、益田市の萬福寺です。5月の画像なので、お花ももちろんきれいですが、尖った石が目に付くお庭ですね。
  1. 2012/01/01(日) 08:17:12|
  2. お松との会話
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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