木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

地震と津波と雪舟のお庭

お松:ややさん、こんにちは。もうすぐ4月だと言うのに、まだ雪の予報も出ていますよ。この寒さは何なんですかねぇ?
やや:そうですねぇ。一昨年の3月23日には医光寺の枝垂れ桜が満開の写真を撮っているんですが、今年はまだ咲き始めていないようですね。出雲地方ではようやく梅が満開!春の訪れが、いつもの年よりずいぶん遅いようです。
お松:そう言えば、昨年の春は地震と津波でそれどころじゃなかったし、なんだか2年分も損している気がします。
やや:そうですよね。ひとたび大きな災害があれば、お庭どころじゃありませんものねぇ。島根にも原発がありますし・・・。
お松:そうは言っても、島根は大きな津波が押し寄せるような所ではないので、その点では安心ですよねぇ。
やや:津波・・・ありますよ。
お松:へ?
やや:万寿3年。西暦だと1026年に現在の益田市を中心に押し寄せた大津波では大変な被害が出たと伝えられています。鴨島伝説って言うんですけど、島が丸ごと無くなったって言い伝えがあったり、雪舟庭園として有名な萬福寺の前身である安福寺は中須と言うところにあったんですが、それが丸ごと流されたとか。現在の萬福寺にはその時に亡くなった方の髑髏なども保管されています。最近では、大田市域まで津波の影響があったと言う調査もあるようですね。
お松:え~!でも、でも、でも、1,026年って事は、1,000年も前の話でよねぇ???
やや:そうですね。1,000年に一度の大津波だったと言うことでしょうか?で、ほぼ1,000年経った訳ですが・・・。
お松:え~!え~!え~!それは、あり得るって事ですか?
やや:あり得ます。日本列島に住むと言うことはそう言うことです。だから東北の復興に協力するのはお互い様で当然のことですし、日頃から必要な備えはしておかなくてはならないし、「原発って本当に大丈夫か?」って論議もしておかなければならないんです。
お松:え~!え~!え~!でも?でも?でも?今日は、お庭の話、してませんよぉ?
やや:う、そうですね。次は、しましょうね。なに?パニくってるんですか?

萬福寺のお庭


 安福寺は万寿3(1026)年の大津波の後、応安7(1373)年に現在地に移され、萬福寺と改称されました。そのお庭は文明11(1479)年に益田に招かれた雪舟等楊によって造られたと伝えられています。
 明るい雰囲気の須弥山に対し、右手の木陰の下の枯滝組み付近の対比はまさに陰と陽。奥へ、遠くへと広がっていく雰囲気のお庭です。手前へ迫ってくるような印象の医光寺庭園と見比べてみるのもおすすめです!
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  1. 2012/03/24(土) 12:07:54|
  2. お松との会話
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鎌倉の瑞泉寺庭園

 京都の天竜寺庭園や苔寺と呼ばれる西芳寺庭園などの作庭者とされる夢窓国師(夢窓疎石)。そのオリジナルの姿が見たくて、鎌倉まで行ってきました。
 岩盤を穿って造った池、窟、自然な滝・・・石組みらしい石組みもなく・・・。天竜寺庭園のような、巨石を巧みに組んだ造形はどこにもない!これが本当に同一人物の作庭なのか?首をひねるばかりです・・・。

瑞泉寺庭園


巨石を運んで据えるような作庭を、いかに夢窓国師といえども一人でできるはずはなく、当然多くの人々の協力によってできる訳です。と言うことは、夢窓国師と共に庭を造った人々も、鎌倉に居た時期と京都に行ってからでは違うと言うことでしょうか?
それは雪舟禅師だって小堀遠州だってそう言うことですよねぇ・・・。
  1. 2012/03/17(土) 09:17:45|
  2. お庭でひとりごと
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3月11日です

 近いと言うこともあって、物思うことがあるとこの北島家庭園に行きます。亀の尾の滝は、今日は普段より水量が多いようです。

3月11日の亀の尾の滝


今日は、3月11日です。
  1. 2012/03/11(日) 18:54:44|
  2. お庭でひとりごと
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華蔵寺(はなくらじ)のお庭

 三寒四温?週末になると天気が悪くなる気がするのは気のせいでしょうか?年度末でなんだか忙しいし、また寒くなってきちゃうし・・・。と言う訳で、秋の画像でお茶を濁して・・・。

華蔵寺のお庭


 出雲市多伎町久村の山の上にある華蔵寺(天台宗)のお庭です。元々茅葺きだった本堂の屋根もたまらないものがありますが、このページではお庭です。
 庫裏との間に広い敷砂と一条の飛石列が続いていますが、その先に沓脱石らしきものや切石の仕切りが延びているので、この部分は元々は庫裏の軒下。本来のお庭はそこから先の部分でしょう。敷砂の広さとその間の小振りな飛石はいわゆる出雲流庭園っぽいデザインですが、さっきも言ったようにこの部分は近代(それもおそらく戦後)の改造でしょう。
 お庭に中心は小さな池で、植栽に埋もれて見えないほどの小さな滝石組み。右手に手水。全体に小振りで丸い景石を少しだけ配した刈り込み中心のお庭です。作庭時期は江戸後期と言うところでしょうか?派手さは無いですが、本堂のすてきな屋根と相まって、静かな落ち着いた雰囲気を醸し出すお庭です。いわゆる出雲流庭園の要素は全くありません。
 以前に紹介した勝定寺もそうですが、すてきなお庭、まだまだたくさん埋もれているようです。
  1. 2012/03/10(土) 10:43:59|
  2. 出雲のお庭
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松江藩のお庭と出雲流庭園(その6)

本陣と言えば、参勤交代の時の大名行列の宿所などを連想しますが、藩内にも藩主やその家族が藩内を巡るための御本陣が置かれます。公的な宿所としては御茶屋(茶店でも喫茶店でもない)が置かれますが、御茶屋が無い場合は(ある場所でもわりと)豪商・豪農や鉄山師の邸宅などが御本陣に使われます。そうした御本陣では、普通の人が使う玄関とは別に御成門を構えています。お殿様は御成門から庭に入り、庭から書院に上がります。だからお庭はとっても重要なので、お殿様御成の前には藩の役人が事前にチェックしているはずです。
 そんなお庭の代表的な例(だと私が個人的に思っているの)が櫻井家庭園(奥出雲町)でしょう。おそらく元々あった鉄山師の池泉庭園に松江藩がチェックを入れて改造されたお庭だと思われます。隣接する可部屋集成館に展示されている2枚の家相図を見れば、不昧公の御成(享和3(1803)年9月)の直前に長~い延段が追加されているのでは?と言う様子がうかがわれます。(←古い方の家相図には、描かれなかっただけかもしれないので、これを持って松江藩が!と言う根拠にはならない)
 櫻井家庭園の延段は、霰零しといったものではなく、長方形の切石や自然石も混ぜ込んだ延段です。似ているものを挙げろと言われれば・・・頼久寺の延段なんかはいかがでしょう?・・・不昧公・・・小堀遠州・・・頼久寺・・・孤篷庵忘筌・・・?いろいろ想像させてくれます。
 もちろん、ここにも巨大短冊石は有りません。あえて言えば、池を渡る橋が切石で短冊に組まれていますが、件の家相図には描かれていないの、後の追加だと思われます。それにこのお庭は、枯山水ではなく滝を配した池泉庭園です。現在まで保たれている御本陣だったお庭の中には、切石の短冊石がある所も多くありますが、出雲地方全体のお庭の変遷を眺めていると、あっても小振りな短冊石で、巨大なものは幕末以降の追加だろうなと・・・御本陣だった頃には無かっただろう?と考えられるのです。

絲原家庭園の延段

 写真は櫻井家・・・と思いきや“意表をついて”絲原家庭園(奥出雲町)の長~い延段。こっちもすてきな延段です。と言う訳で、次回は絲原家庭園のお話なと・・・。
  1. 2012/03/03(土) 11:19:47|
  2. いわゆる出雲流庭園
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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