木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

雪舟を探して(その1)

私がお庭にはまったきっかけは、前にも書きましたが、医光寺庭園の枝垂桜の下のはしごを見てからです(桜ではなくはしご)。見学者のほとんどが、枝垂桜を見に来ているのであって、庭を見に来ている訳ではないと気付いた時からお庭にはまり始めました。
その後、しばらく、いわゆる出雲流庭園に軸足を置いてきましたが、いわゆる出雲流庭園は見えてきた気もしますので、この辺でスタート地点に立ち戻ってみたいと思います。
 さて、益田市の医光寺庭園です。本堂の裏に池と急斜面の涸滝組、枝垂桜で有名な庭が造られています。このお庭、雪舟が造ったと言われているのですが・・・
 雪舟等楊は15世紀後半を中心に活躍した禅宗の画家です。益田兼尭像を描いた事で知られています。山水画などでは太く、力強い、直線をギザギザに繋ぐような個性的な岩や木を描くことで知られ、いくつかの絵が雪舟作と言われています。でも、それらの絵には雪舟の銘や落款がある訳ではないので、真筆と言われているものはそう多くはありません。で、お庭は?と言うと、これがやっぱり雪舟等楊が造ったという確実な記録は無いのです。
 え?雪舟はお庭を造っていないの?・・・
 それもよく判らないのです・・・。事実、雪舟が逗留したと伝えられる地域には雪舟作と伝えられるお庭が存在しているし・・・。

 お庭を造るという事は、具体的にはどう言う事でしょう?少なくとも、雪舟さんが自ら池を掘り、石を運んで組んだ訳ではないですよねぇ。・・・施工にあたって指示をしたとか、設計図(イメージ図)を書いて見せたと言うことでしょうか?・・・そうであれば、少なくとも晩年であれば「雪舟が指示した」なんて記録がありそうなもんですが・・・。

萬福寺庭園萬福寺(益田市)のお庭


お松:突然ですが、こんにちは。で、ややさんは雪舟庭園と言うのは、「雪舟作ではない」とお考えですか?
やや:だから、「判らない」と、何度も言っているじゃないですか?
 え~と、では、次回は「雪舟って何者?」って言う話のさわりを・・・
 このシリーズでは、お庭の歴史や雪舟作と伝えられるお庭を紹介しながら、雪舟さんを考えていきたいと思います。
 ・・・「出雲流庭園と松江藩のお庭」よりは、スローペースでやっていく予定です。・・・あれは、いくらなんでも早すぎて疲れたので・・・。
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  1. 2012/04/30(月) 08:33:58|
  2. 雪舟を探して
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転勤しました!

お松:ややさんこんにちは!4月も終わりが見えてきましたが、転勤なさったそうで?新しい職場はいかが?
やや:まぁ、希望どうりの転勤なので、とりあえずは満足してます。でも、今のところはなんだかハンコを押す事ばっかりで、あんまりおもしろくありません。ハンコの押しすぎで腱鞘炎になりそうです。
お松:それはすごい。ところで、転勤騒ぎの余波で、このブログの更新は滞っているし、春のお庭なんてほとんど見てないんじゃないですか?
やや:そ~なんですよぉ。寒かったこともあって、あちこちでお花が遅れて、私のどたばたと完全にタイミングがかぶってしまって・・・そう言えば、医光寺なんかわざわざ、枝垂れ桜が咲く直前を狙って行ったようなものでしたし・・・ブログの更新は、お庭を見ていないのでネタがないし・・・。
お松:さて、転勤で、いろいろ環境が変わったと思いますが、それはお庭巡りには影響があるのでしょうか?
やや:遠くの・・・県外のお庭を見に行ける機会は大幅に減りそうですねぇ。「九州、山口で雪舟のお庭を・・・」なんて言ってましたが、ちと無理か?・・・県内のお庭を、何度もしっかり見に行こうと思います。
お松:噂によると、しっかり滞っている「出雲流庭園と松江藩のお庭」とは別に新シリーズを準備中だとか?
やや:いや、そう言う予告は、後で困るんでやめてください。
お松:「出雲流庭園と松江藩のお庭」も進めてくださいね。
やや:す、すみません・・・。

龍雲寺の涸滝組


写真は浜田市三隅町にある龍雲寺庭園の涸滝組みです。
  1. 2012/04/21(土) 18:23:44|
  2. お松との会話
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松江藩のお庭と出雲流庭園(その7)

 前回は櫻井家庭園に見られる延段の設置に松江藩の関与が疑われる、というお話をしましたが、今回はもう一つの鉄山師のお庭のお話を・・・。
 御本陣も勤めた絲原家庭園には、巨大短冊石や石臼形の飛石、『出雲流庭園[歴史と造形]』にT字形石組みの祖型と記された石組みなど、いわゆる出雲流庭園の要素がふんだんに見られます。それに、巨大短冊石の横には、ちゃんと「出雲流庭園」と説明版が置かれています・・・あれ?おめ~、話が違うじゃねぇか?と、突っ込まれそうですが、そうじゃありません。
 お庭は生き物。ちゃんと管理されているからこそ改造が加えられるのは当然のことです。と言う訳で、このお庭、よ~く見ると3つのパートからなっている事に気づきます。
 お庭の中心は、背後の山から滝を落とし、大きな池を配した池泉庭園。T字形石組みの祖型が置かれたり、灯籠が置かれたり、滝の位置が変えられるなど、後の改造は加えられているかもしれませんが、櫻井家庭園などと同様に水を自在に操る鉄山師らしい立派な池泉庭園です。ただ、この池泉庭園の部分は書院や新座敷から全体を見ることができません。おそらく元々は、この庭に面した書院があったのでしょうが、後に建物の方が変わってしまったのでしょう。

池泉庭園


 二つ目のパートは、前回も紹介した長い延段の周辺。このすぐ横には御成門があり、御成書院へと続いています。書院へ上がる沓脱石の横には巨大で変な形(失礼)の手水。いかにも松江藩が関与した御成庭園らしい部分が続いています。

御成庭園


 で、もう一つの部分が大正時代に建てられたという新座敷の前の部分。白砂が敷かれ、巨大短冊石と石臼形の飛石があり、手水鉢が景石として置かれている部分・・・つまり、いわゆる出雲流庭園の部分があります。この出雲流庭園の部分と御成庭園の部分は向かい合ってはいるのですが、その間の低い築山と植栽によって視覚的には遮られています。

出雲流庭園


 なぁ~んだ?そう言うことなんだ・・・つまり、もともと鉄山師の池泉庭園があって、江戸後期にお殿様の御成に備えて松江藩が関与した部分が追加され、さらに後の大正時代になって「いわゆる出雲流庭園」な部分が造られたんだなぁって・・・てなことが一目で見て取れるのです。・・・このお庭、すげーや!
  1. 2012/04/07(土) 08:02:37|
  2. いわゆる出雲流庭園
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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