木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

小泉八雲の庭

お松:ややさん、こんにちは。立秋もとうに過ぎたというのに、毎日暑いですねぇ。で、夏ばて?このブログもしっかり滞ってますね。
やや:暑くてばてているのは、確かにそうですが。滞っている原因は、ネタがないからです。最近、いろいろ忙しくって、お庭を見に行っていないからです。
お松:じゃあ、ちょっとネタ帳をのぞいて見ますか?どれどれ?
やや:ネタ帳じゃない。データベースだ!
お松:・・・このお庭、見たことが無いお庭ですが、どこですか?

へるん旧居の南庭


やや:松江の「へるん旧居」ですね。“へるんさん”とは、ラフカディオ=ハーン、小泉八雲のことです。
お松:おー!「怪談」で有名な小泉八雲ですね。確か松江で日本人と結婚して。松江に長らく住んでいたんですね?
やや:い~え。明治中期に日本を海外に紹介した文豪で、『怪談』の他、『知られざる日本の面影』などがよく知られていますね。出雲地方を神々の国と紹介し、松江にまつわる文章を多く残していることから松江市民には親しみのある方ですが、実際、松江で過ごしたのは明治23年から24年にかけて、わずか1年と数ヶ月ほどでした。
お松:あらあら、短いんですね。松江がお気に召さなかった?
やや:松江は大好きだったようですが、冬の寒さが耐えきれなかったのだそうです。まぁ、明治中期の松江の家に住んで、火鉢だけの暖房だとしたら、そりゃ寒いでしょ。私もいやです。
お松:その、1年数ヶ月を過ごした家が残されているんですね。
やや:い~え。小泉八雲は、松江にいた間に2回引っ越ししています。残されているのは最後の5ヶ月ほどを過ごした旧根岸家。小泉八雲自身が武家屋敷に住みたいと熱望した家です。松江城の北側の塩見縄手と呼ばれる場所にあって、本来の武家屋敷を分割した空間です。平屋建ての母屋の南・西・北側にお庭があります。このお庭の事は、小泉八雲自身も『日本の庭』と言う文章を記しており、お気に入りの空間だったようです。
お松:武家屋敷の建物やお庭が、そのまま残されていると言うことですか?
やや:解体修理の報告書によると、明治初年頃に茅葺き屋根を瓦葺き(左桟瓦!?)に葺き替えています。だから母屋の雰囲気はまったく別物でしょうね。
お松:え?武家屋敷って茅葺き屋根だったんですか?
やや:もちろん、瓦葺きの武家屋敷が多数派だったんだろうとは思いますが、茅葺き屋根の門長屋の写真が残されていたり、それなり以上に茅葺き屋根は多かった思います。え~。そもそも日本の屋根というものはですねぇ・・・。
お松:屋根の話は、長くなりそうなので、もう良いです。で、小泉八雲の庭は?
やや:さっき言ったように、本来の武家屋敷を分割したもののようですから、それなりの改造は入っていると思いますが、武家屋敷の面影を残すものだと考えています。もちろん巨大短冊石みたいなものはありませんし、目立つ人工物があまりありません。目立つ人工物と言えば、南庭の奥に、ナゼかシャチホコが置かれています。このシャチホコは小泉八雲の『日本の庭』にも記されています。目立ちはしませんが、何でしょうねぇ?これって、明治初年に持ち込まれたものでしょうかねぇ?武家屋敷の時代からあったとは思えませんが・・・。それから、北庭には小さな池があり、小泉八雲もお気に入りだったようです。南側(お城側)は、しっかりクローズし、「お城を借景に」なんて馬鹿なことは、もちろんしていません。やはり、基本シンプル!が武家屋敷のお庭では?
お松:でも、ややさんの考える武家のお庭は「1点豪華主義」じゃなかったですっけ?
やや:「1点豪華」と言うほどではないですが、武家屋敷にふさわしいアレが、2カ所にありますよ。
お松:武家屋敷にふさわしいアレ?
やや:小泉八雲がそれの意味に気付いていたかどうかは判りませんが、アレです。

北庭の池とアレ


お松:だからアレって?
やや:陰陽石・・・。
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  1. 2012/08/19(日) 13:37:21|
  2. お松との会話
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夏と言えば・・・借景のお庭の未来を考える・・・

 この夏は(この夏に限らず)いろいろ変です。まったく降らないかと思えば、先日は前が見えなくなるほどの雷雨。近畿では水害!平等院のお庭も大変なのだそうです!そう言えばこの夏は九州でも!
 近年は、夏と言えばナラ枯れ。一昨年あたりまでは石見地方で目立ってましたが、今年は出雲地方でも目につくようになってきました。自然林で高齢樹が枯れる事がそんなに悪いこととは思えませんでしたが、道路脇の立ち枯れは事故原因にもなるし、何より遠くからよく見えて気味が悪い・・・。
 京都でもナラ枯れが問題になっているというニュースを耳にします。京都と言えば、借景を取り込んだお庭も数多く、その借景が困ったことになるのは、本当に困った事でしょう。
 借景は、広大な範囲の問題なので、ナラ枯れでなくっても、都市化の問題もあります。
 京都大徳寺の本坊方丈庭園は、白砂が広がる南庭と東庭からなります。七五三の庭と呼ばれるその東庭の作庭者には小堀遠州の名前も挙げられています。その七五三の庭の背後には、(小堀遠州らしい?)2段の刈り込みとさらに高木植栽が配されています。ものの本には「外界から遮断された空間」と記されることもありますが、特別拝観の際には「本来は比叡山を借景にしていたが、都市化によりビル群が目に付くようになったため遮断した。」との説明が・・・。
 松江市北田町の普門院庭園も、元々は北山の峰々を借景を取り込んだ庭園だったのに、都市化により遮蔽してしまったようです。
借景のお庭って、この先どうなってしまうのでしょう?

普門院観月庵とその借景が・・・

画像は、普門院の観月庵。後方に見える建物ががっかりですが・・・しょうがないか?
  1. 2012/08/15(水) 19:03:08|
  2. お庭でひとりごと
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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