木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

峰寺のお庭

 久しぶりに峰寺へ言ってきました。峰寺は雲南市三刀屋町の峰寺弥山に展開した真言宗の山岳寺院。毎年4月15日に行われる護摩供養で知られる修験のお寺です。本堂の後ろ側にあるお庭は松平不昧公に関わる雲州流(?)のお庭とされており、弥山を借景に取り込んだお庭は、まさに松江藩が関わったお庭と言う感じです。
峰寺のお庭

 このお庭については、「いわゆる出雲流庭園(その9)」でも取り上げましたが、本堂とお庭に間には不自然なスペースが空き、景石があまり見えなくて、改変というか、植栽管理が十分でない点が残念ですが、よく見ると、低木植栽の間に枯滝石組みが見えていたりします。
枯滝組み

 意外に(失礼?)オーソドックスなお庭だったかもしれません。築山の裏側には築山の上で止まってしまう使えない飛石があったり、メインの飛石が非常に大きく、ごつごつした石材を選んでいることなども、卜蔵庭園や絲原家庭園など奥出雲のお庭に類似性があるように思います。
 この峰寺、峰寺弥山の上にあり、眼下には三刀屋川と斐伊川の合流地点を見下ろします。冬の晴れた日には雲海を見下ろすような、さぞや美しいロケーションなんでしょうが・・・冬の早起きはつらいぞ・・・。
峰寺の飛石
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  1. 2012/10/27(土) 18:37:48|
  2. 出雲のお庭
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カメラマンお断り

 よくのぞきに行く京都の写真ブログで、「カメラマンの入山禁止」のニュースが・・・。背景の北山杉と秋明菊の美しさで知られる京都の宗蓮寺で、「訪れるカメラマンのモラル低下による非常識な撮影行為」により入山禁止となったとのことです。カメラマンです。プロでもアマでもただの観光客でも、カメラを構えた人すべてが入山禁止です。撮影ではなく入山禁止です。ナニをやっちゃったんでしょう?・・・よくある話としては、写真のための過度な演出?立ち入り禁止場所への進入?・・・お寺のような信仰の場では、ちょっとしたことでも礼を失することにつながります。
携帯がスマホに!デジカメだって、コンデジなんざそこら中に!ミラーレスも急速に普及!撮った画像はブログにFb!一瞬にして世界に発信!世の中にこれほどカメラがばらまかれるなんて、フィルムカメラの時代には思いもしなかったですよね。誰も彼もが写真を撮るようになって、結果、あちこちでマナー違反によるトラブルが・・・。そもそもいつの時代にもあったマナー違反。分母がでかくなれば目立つのは当然・・・。
 そう言えば、身近なところでも、宍道湖の夕日カメラマンの場所取りマナーが問題になったりしていますよね。仲間内だけの常識みたいなものを振りかざされてもホントーに困ります。
 振り返って自分は・・・大丈夫なつもりですけど(だから写真もイマイチつ~かダメダメですけど)、時々は見直しましょうね。
旧堀氏庭園の進入禁止

写真は津和野の旧堀氏庭園の楽山荘・・・この石より先は進入禁止です。
  1. 2012/10/21(日) 07:44:41|
  2. お庭でひとりごと
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鰐淵寺旧是心院(1)

 国中第一之伽藍と称され、南北朝の頃には約80カ所もあったと言われる僧坊跡も、明治35年の絵図にはわずか12坊。現在、僧坊跡と目されているところでもわずか10数カ所。それも一部はただの平坦面と化していてすべてが僧坊だったかどうか・・・。
 現在知られている僧坊跡のほとんどは南東に面して建てられていたようですが、この旧是心院だけは南西を向いて建てられています。現在使われている参道は、旧是心院の東側、つまり旧是心院からすれば後ろ側を通っていますが、元々は違う場所・・・つまりこの旧是心院正面に参道があったのだろうと思われ、実際に明治35年の絵図には両方の参道が描かれています。この旧是心院の方向は、鰐淵寺川を挟んで、浮浪の滝・蔵王堂に面していると言う状況も、この僧坊の古さや格式の高さを思わせます。この旧是心院には正面右手から南に展開するお庭と、建物裏手に当たる北東部の2つのお庭が残されています。
 件の絵図に描かれた是心院には、中門の内側(南西隅)に景石(現状では立手水)が描かれ、南側に築山らしきものが見えています。ここに描かれたお庭(の残骸)を現地で特定できそうな状況です。
絵図の位置にある立手水
 一方絵図には、北側奥に鳥居が描かれ、祠が祀られていたことも判ります。この位置には、現状では明確な何かはなく、実態は判りません。少なくとも神仏分離で撤去されたんだろうなぁと言うことぐらいしか想像できません。その後はどうなったのでしょう?
 さて、
 重森三玲・完途両氏による『日本庭園史体系』には、本坊である松本坊庭園の他、この旧是心院庭園が紹介されていますが、それに記されているのは南西隅から南側の庭(件の絵図に描かれた部分)のみが紹介されており、北東部のもう一つの庭は「明らかに江戸末期の手法がわずかに残されているのみで・・・」と投げ捨てられ無視されています。
 一方、南側の庭は、重森両氏によって江戸中期とされ、枯滝組や石橋などを評価されていますが・・・
南側の石橋
 灯籠なんかも追加されているので・・・本当に江戸中期かなぁ?・・・まぁ、この付近については、出雲地方ではあまり見ない軒下の飛石がすてきです。
この旧是心院。平成18年まで建物が(かろうじて)建っており、その頃の写真とかもいくらでもありそうですが、どんなですかねぇ。重森両氏が江戸中期と言っている南東側のお庭の内、特に軒下の飛石の風化が進んでおり(江戸中期に、こんな石材を使うかなぁ?)、何らかの保護措置が望まれるところです。
  1. 2012/10/20(土) 07:32:15|
  2. 出雲のお庭
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隠岐の島の佐々木家住宅

やや:おっはよ~ぉ。今日から、新カテゴリー始めま~す!
お松:こんにちは~!隠岐へ行ってきたそうで?で、なんですか?このおかしなカテゴリーは?屋根マニア・屋根オタクだとは知っていましたが、屋根フェチだったんですね。
やや:まぁその・・・。残念ながら、お庭的には隠岐にそれほど魅力的な何かはありませんでしたが、屋根はたまりませんよ~ぉ?良いですよ~ぉ!
お松:ややさん、よだれ、よだれ・・・。で、当分、このカテゴリーをやっていく訳ですね。屋根ネタは、ほぼ1年前に岡山の吹屋小学校の石州瓦を紹介していますよねぇ。隠岐は何がそんなに良いんですか?
やや:(よだれを拭きながら・・・)出雲や石見では見ることのできない屋根があります。屋根は、その地の自然・産業・歴史を反映します。屋根は文化なんです!
お松:はいはい、判りました。すんごい握り拳で力説しないで下さい。で、この写真は?

佐々木家住宅

やや:重要文化財佐々木家住宅です。江戸時代に建てられた庄屋さんのお宅ですが、でかい!・・・でかいのもでかいけど、それよりも何よりも「杉皮葺き石置き屋根」なんです。
お松:杉皮葺き?神社では檜皮葺とか、よく聞きますよね。
やや:檜の皮は高級屋根材として、神社建築などで使われます。が、杉皮は、茅葺き屋根の棟押さえに使われるぐらいで、屋根全面に葺かれることは、あまりありません。杉皮は、すぐにめくれ上がってしまうため、そもそも屋根材向きではないからです。
お松:じゃぁ、なんで、この佐々木家住宅では、杉皮葺きなんですか?
やや:隠岐の島町の民家では、今でこそ石州瓦葺きが大多数ですが、元々は茅葺き屋根と杉皮葺きが多かったようです。茅が豊富に手に入る地域では茅葺きを、そうでない地域では杉皮葺きを採用したようです。
お松:だから、何で杉なんですか?
やや:隠岐の島町は杉の産地だったからです。皮を剝いた杉を海運で出荷する訳ですが、その副産物で大量の杉皮が採れたからです。
お松:なるほど~。この屋根が、隠岐の歴史や産業を表しているってことで文化だの何だのと握り拳で力説している訳ですね。他にはどんな・・・って、ややさん、またよだれが・・・。
やや:まぁ、はっきり言って、ど~でも良いです。だって美しいじゃないですか・・・。

杉皮葺き石置屋ね


お松:・・・屋根フェチって・・・。

 以前は、「釜の民家」と呼ばれていた佐々木家住宅は、隠岐の島町釜にあります。車があれば西郷港から15分ほどです。
  1. 2012/10/13(土) 09:07:18|
  2. 屋根フェチの小部屋
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鰐淵寺等樹院跡

等樹院跡は、前回紹介した現成院跡の西奥にある僧坊跡です。かなり痛んではいますが、何カ所かに「等樹院」を示す案内看板があり、以前は見所の一つだったことを示しています。
 等樹院跡に向かうには、旧是心院の裏側、現成院跡から入るコースが一般的でしょうが、現在ではフェンスで封鎖されている南側が本来の入り口。他の多くの僧坊跡と同様に、参道からまっすぐに入ることができず、何度か折れ曲がってアプローチを複雑にすることで格式を高めています。

 僧坊跡に向かって左手、西側にお庭が展開しています。(以前はあったであろう)中門を過ぎると左手に亀島と立派な立手水。
等樹院跡の立手水
 その奥、(本来はあったはずの)建物西側に池泉が設けられます。池泉周辺が、案内板が指し示す見所だったと思われ、コンクリート製のベンチが置かれていますが、かなり荒廃しています。景石の意味も・・・う~ん、よくわかりません(そもそも、ベンチががっかりです)。
 この池に向かって(あったであろう)建物跡には御影石による切石の沓脱石と自然石の沓脱石が並べて配されています。いわゆる出雲流の要素が入っているようですね。
等樹院跡の沓脱石
 私がこの僧坊跡で最も好きな場所は、こうした西側庭園ではなく、北側。沓脱石と手水の置かれた建物北側には、ひっそりと三尊石が佇んでいます。
等樹院跡全景

北庭の三尊石

お松:これを見る人は、年間何人いることやら・・・。なんつ~マニアックな・・・。
  1. 2012/10/06(土) 06:58:33|
  2. 出雲のお庭
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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