木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

それは壮大なロケーションが展開するはずだった

 いつぞやの、小雨の降る中で何も見えなかった枕木山からのロケーションは、こう見えるはずでした。・・・いろいろ聞かれたもので、初夏の画像で申し訳ないっす。
火神岳に蛸島と蜈蚣島
 遠くに、かすかに見えるのは鳥取県の大山。『出雲国風土記』には「火神岳」と記され、国引きの際に高志から切り取って引っ張ってきた三穂の岬を繋ぎ止めた杭とされています。
 画面の中程を占める水面は中海。真ん中の島は、近世以降は大根島と呼ばれていますが、『出雲国風土記』では蛸島。杵築の御崎(現在の日御碕か?)いたタコを鷲が捕まえてここに置いたので蛸島。その左隣の島(現在の江島)は、そのタコがムカデを捕まえてここにとどまったので蜈蚣島・・・。

お松:ほぉ~。こういう風に見えたんですね。あの白い世界は・・・。で、真ん中がタコ?そう言われればタコっぽくも見えないこともないか?ムカデは、う~ん、まったくわかんない?
 『出雲国風土記』の作者は、そもそも何で、出雲の西の端の日御碕で捕まえたタコを東の端の中海まで持っくる必要があったんでしょうねぇ?
やや:『古事記』に記される国譲り・・・オオクニヌシが国譲りを迫られて、コトシロヌシの意見を聞かせると言う話も、出雲の西の杵築から東の美保関へ、出雲を横断しちゃう話ですね。『出雲国風土記』や『古事記』の出雲系神話には、よくある展開です・・・が、何でタコ?なんでムカデ?この島がタコに見えるからって、日御碕から持ってくる必然性がよく判りませんよね。
お松:ってことは、つまり、そう言う事じゃないですか?
やや:どういう事ですか?
お松:だから、本当に日御碕のワシがタコを捕まえてきて・・・それを見た人がいて・・・。
やや:・・・車で突っ走っても1時間以上かかるんですが、奈良時代のいったい誰が見たって?
お松:すごくがんばれば・・・。
やや:がんばりで解決しますか?
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  1. 2013/10/26(土) 15:33:47|
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佐太大神社(さだのおおかみのやしろ)

 松江市鹿島町にある佐太神社です。御祭神の佐太大神は、『出雲国風土記』によれば、島根半島の海食洞穴である加賀の潜戸から生まれた神様のはずですが、いつしか、天孫降臨の時に天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにきしくににきしあまつひこひこほのににぎのみこと)の道案内をした猿田彦大神の事とされています。佐太大神は、そもそもは、国引き神話などに象徴されるように、6世紀始め頃までのこの辺りの勢力の中心地だった訳で、猿田彦とは余り関係が無さそうな気も・・・。
佐太神社
 そんなことはともかく、この神社の御本殿は、大社造りが3つ並んだ不思議な社殿です。3つの社殿は、一見すると左右対称なのですが、そもそも大社造りは階段が中央ではなく、右に寄せて設けられていますので・・・佐太神社では左側の社殿だけ、階段が左に寄せて設けられています。(つまり、御神体の方向も逆と言うことか?)
 現在は修理事業に伴い、御仮殿が設けられ、賽銭箱も除かれています。正還座祭(御神体が御本殿に戻される祭)は平成28年度なのだそうです。
佐太神社本殿


 ところで、世間の10月は神無月ですが、出雲では神在月!八百万の神々が出雲に集まる10月です。・・・とは言っても、旧暦の10月のことなので来月後半から様々な神社で神在祭が始まります。ちなみに、神在祭は「お忌みさん」と呼ばれる祭です。盛大な秋祭りではなく、全国から集まった八百万の神々の会議をじゃますることのないように、神在祭の期間中は歌舞音曲は自粛。喧嘩も自粛。特に神々のお発ちになる神等去出(からさで)祭の日の日没後は外出すらも自粛。昔はトイレにも行けなかったそうです。(←お松:ひえ~、それってどうするの?)

 おまけ
 佐太神社にはいくつかの重文がありますが、その中でも彩絵桧扇は、大切にされているようで・・・。そのため、手水鉢も扇の形になっています。
佐太神社の手水

 御仮殿前の手水だっても・・・。
御仮殿の手水
  1. 2013/10/20(日) 21:48:38|
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枕木山の不動さま

それは壮大な、ロケーションが展開するはずだった
・・・そこからは、いかにも壮大な、弓ヶ浜から大山へ続くロケーションが展開するはずだった・・・が・・・白い・・・白いだけ・・・。
お松:ま、まるで雲の中にいるような?
やや:「まるで」じゃなくって、ほぼ雲の中にいるんですぅ。

 島根半島東側の高峰、枕木山頂近くにある臨済宗華蔵寺。このお寺の展望台からは、「山陰随一」と(看板に記)される風景が見えるはずだったのですが・・・雨と霧と、ただただ白い世界が・・・。(←お松:そもそもなんで、こんな日に登ってきたのかしら?)
華蔵寺
 この華蔵寺。元々は天台宗のお寺があった場所らしいのですが、松江城の北東、つまり鬼門にあたることから、鬼門封じのため、松江藩によって整備され、現在は臨済宗華蔵寺が法灯を伝えています。屋根フェチ的には、かなり痛んだ仁王門やトタンをかぶせられたりした堂塔が、ちょっと残念な感じですが、掃除の行き届いた境内はそれなり以上にきれいです。
 さて、ここでの私的見所は、参道途中にある不動明王です。不動明王は密教系の仏像ですので、臨済宗になる前の天台寺院の頃に彫られたものでしょう。岩盤に彫られた不動明王のお顔は、ちょっとブチャイク(←お松:この罰当たりめ!)ですが、でかいだけに迫力があって大好きでした。
が、この日の不動明王は・・・なんだか怖い・・・。
枕木山の不動明王
 不動明王は、憤怒の形相で教えに従わない者どもを教化するほとけであり、同時に修行者を擁護するとされています。この日の不動明王は、日頃、ブチャイクとか言っている不心得者の眼前に、本来の姿を現されたようでした。
 え~、大変、申し訳ございませんでした。
  1. 2013/10/19(土) 09:14:00|
  2. お庭でひとりごと
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もうすぐ2周年なので、ちょっと大反省会

お松:こにゃにゃちわ~!
 さて、このちょっとおかしなブログもまもなく2周年と言うことで、ジャァ~ン!今回は「木を見て庭を見ず この2年はいったい何だったんだ?大反省会!」です。
やや:え~、反省するんですか?
お松:そうです、反省して下さい。
 さて、この反省会、実況はお松、解説には屋根評論家でお庭マニアのややさんをお迎えしてお送りします。
やや:解説のややです。よろしくお願いします。
お松:ノリノリじゃないですか?(←やや:しまった・・・)
 え~今を去ること2年前、2011年の10月に突然始まったこのブログですが、そもそもは、ややさんが始めたお庭の歴史の勉強の成果を紹介しちゃおうって事で始めたんですよね。
東福寺の重森三玲のお庭
やや:そうですね。当時、どっぷりはまっていた「いわゆる出雲流庭園」から始まって、「雪舟と伝雪舟庭園」の関係とか、勉強しながら紹介していこうと言う趣旨でしたね。自転車操業ではありましたが、基本、マジ路線でしたね。誰かさんが乱入してくるまではね。
お松:と、言いつつ、それが1年ちょっとでまさかのネタ切れ。
やや:翌年4月に職場を異動した影響も大きくってですねぇ・・・。
お松:このブログに遊びに来て下さる方には、ほぼ毎日更新の方も少なくないのに、週1ペースのややさんは、1年ちょっとでまさかのネタ切れ!
医光寺の枝垂れ桜とはしご・・・木を見て庭を見ず
やや:それは、お庭に特化したことによってですねぇ・・・。
お松:1年ちょっとでネタ切れ!
やや:はいはいはい、そ~ですよぉ。ネタ切れです。そのとおりです。持ちませんでした!すみませんねぇ。
お松:ふ、やっとゲロする気になったか。ネタ切れ後は屋根とかでごまかしていたが、最近は神社仏閣?町並み?神話に石見銀山?まったく何でもアリってわけか?とんでもねぇ野郎だ・・・。
やや:で・でも旦那ぁ。俺だけが悪いんじゃない。世間ってやつが悪いんですぜ。俺をこんな風にしちまったのは・・・。
お松:甘ったれるんじゃない。ばしィィィ。それでもみんな、歯ぁ食いしばって歩いているんじゃねぇのか?
石見銀山佐毘売山神社の紅葉
やや:あの~?なんの話でしたっけ?それに今、どさくさに紛れてぶったね?
お松:あぁ?まぁ、つまりですねぇ。今後はこのブログはどういう方向に進むんでしょうか?
やや:今の職場は、時間的にもどこかに行ける機会は少ないし、お庭の占める割合は、より少なくなっていくかもしれません。けど、島根を中心に屋根や町並み、神話がらみの神社仏閣なんかを紹介していくって方向で続けていきたいなぁって思いますが、どうでしょう?
お松:つまり、今と変わらないってことですね。
やや:あ・・・はい。
お松:今と変わらないってことを改めて確認したと?
やや:も、申し訳ございません。・・・って、なんで謝っているんだろう・・・。
 ところで、今後のお松さんはどのような方向に向かわれるんでしょうか?
お松:もちろん、今までにも増して、明るく楽しくさわやかにこのブログをサポートして行きたいと思います。
やや:サポート?・・・それこそ何の反省も感じられないんですけど・・・。
お松:え~、ではこのあたりで、「木を見て庭を見ず この先もチョイチョイやらかすぞ!関係者放談会!」を終わります。では、また来週!
やや: 反省会はどこへ行ったんだ?

画像は上から
   東福寺方丈北庭(京都市)
   医光寺庭園(島根県益田市)
   石見銀山佐毘売山神社参道(島根県大田市)
  1. 2013/10/11(金) 19:50:56|
  2. お松との会話
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宍岩~女夫岩

 山陰道を西へ向かい、宍道インターのちょっと手前、短いトンネルの上には、女夫岩(めおといわ)と呼ばれる岩が残されています。
このあたり・・・宍道町については、『出雲国風土記』意宇郡条に以下のように記されています。

宍道郷。郡家の正西三十七里なり。所造天下大神命の追ひ給ひし猪の像、南の山に二つあり。一つは長さ二丈七尺、高さ一丈、周り五丈七尺。一つは長さ二丈五尺、高さ八尺、周り四丈一尺。猪を迫ひし犬の像、長さ一丈、高さ四尺、周り一丈九尺。其の形石となりて、猪と犬に異なることなし。今に至りても猶あり。故、宍道と云ふ。

 要するにオオクニヌシが狩りをした時の猪と、それを追って放った犬が像になって残っている。猪・・・つまり宍が通ったから道だから宍道だと・・・すげぇ・・・。
 宍道の地名が遅くとも西暦733年から使われ続けていることも驚きですが、この猪と犬の像の可能性のある岩が残されています。松江市宍道町白石の石宮神社参道横にある岩の他、この女夫岩も宍岩の有力な候補に挙げられています。
女夫岩

 う~ん。これが走ってきたら、相当怖い・・・。
 ところで、前回紹介した須賀神社奥の宮は「夫婦岩」でしたが、こちらは女夫と書いて「めおと」と無理矢理読ませていますね。
  1. 2013/10/05(土) 11:51:39|
  2. プチ巨石ブーム
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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