木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

安産の神様~御井(ミイ)神社

 最近、あまり遠くに行けていないので、今日もご近所ネタです。出雲市斐川町の御井神社の話題・・・が、その前に、因幡(稲羽)のシロウサギのお話を・・・。
 大きな袋を肩に提げ、後に大国主(オオクニヌシ)命となる大穴牟遅(オホナムヂ)神は、皮をはがされ赤はだかとなった稲羽の素兔(イナバのシロウサギ)を助けるのですが、そもそも何で大きな袋を肩に提げ、こんな所に来なさったのかと言うと、稲羽の八上比売(ヤガミヒメ)に求婚に向かう八十神(ヤソガミ:80人の兄弟神)を追っていたのですよね。で、助けられたはずのシロウサギは偉そうにも(←お松:またそう言う・・・)「ヤガミヒメをゲットをするのはおまえだ!」と呪い・・・じゃない、予言されます。その後、オホナムヂは、ヤガミヒメをかすめ取られた八十神に何度も殺されかけ(殺され)ますが、多くの関係者の尽力によりゾンビのごとく復活し、無事に正妻の須世理毘売(スセリヒメ)の元へ帰り着く事になります。
お松:は?はぁ?スセリヒメ?・・・ヤ、ヤガミヒメは?
やや:その後、身ごもったヤガミヒメは出雲へやってくるのですが、スセリヒメに遠慮して、再び稲羽へ帰ろうとします。で、帰りかけたところで産気づき、生まれた御子神を木の股に挟んで行ってしまいます。その御子神の名を木俣(キノマタ)神、またの名を御井(ミイ)神だそうで、その場所がこの御井神社だと伝えられています。
御井神社本殿
お松:な、何だかひどい話ですね。
やや:もちろん、いろいろ意味はあるんですが、それにしても「稲羽の素兔」のストーリーって、壮大にしてむちゃくちゃな話ですね。
 それはともかく、この御井神社の周囲には「生井(イクイ)」、「「福井(サクイ)」、「綱長井(ツナガイ)」の3つの井戸があり、ヤガミヒメはその井戸で産湯を得たと言われています。で、まぁそんな訳で、今じゃぁなんと安産の神様!めでたしめでたし・・・。
生井
生井です。
福井
福井です。
綱長井
そして綱長井です。
お松:だ~?なんか、納得いかない!責任取れ~!
やや:オホナムヂですか?
お松:オホナムヂもですが、それよりも・・・
やや:他にだれか・・・?
お松:シロウサギ~!どうなってんだ~!
やや:・・・。
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  1. 2014/01/25(土) 07:47:11|
  2. お松との会話
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登録有形文化財一畑電鉄出雲大社前駅

 初詣の大賑わいも一段落しただろうと、久しぶりに出雲大社へ行って来ました。日中でも5℃ちょっとと言う寒さに、駐車場にもすんなり入れる空き具合。で、その勢いで、久しぶりに神門通りを(コートの襟を立てて)ぶらぶら・・・。やってきたのは一畑電鉄出雲大社前駅です。高校時代には何度か使ったことがありましたが、当時の小汚さ(失礼)はどこへやら。ずいぶんきれいになっちゃって・・・。一畑電鉄出雲大社前駅
 1930年に建てられた西洋風の駅舎で、ドーム天井にステンドグラス風の窓。黒瓦に純和風建築の大正建築である旧国鉄大社駅(重要文化財)とは対極にあるような不思議な建物です。
ステンドグラス?
お松:昭和初期にこんな建築デザインなんですか?
やや:屋根も壁も塗り替えられてはいますが、基本的にはまんまのはずです。

 駅の横には1928年!に作られた電車、デハニ52が保存されています。
デハニ50
 映画「RAILWAYS」で使われ、営業運転を終了する際にも話題になった電車です。今では鉄ちゃんでも鉄子でもない観光客もたくさん見学に訪れているようです。
・・・が、私、高校時代、この電車で通学してました!この電車が現役バリバリの頃をよ~く知ってます。なんで、こんなに人気者になっちゃったのか?高校時代のさえない友達が突然スターになっちゃったようで、びっくりです。
手動です
 ドア、手動です。都会から来た観光客が、よくドアの前で途方に暮れてました。後ろから手を出して、開けてあげた事が何度もありましたっけ。いやぁ、当時の小汚さはどこへやら、すっかりきれいになっちゃって・・・。
デハニ50の車内
お松:ついに登場!一畑電車。ちょっと鉄入ってま~す。
やや:ちがうわい!屋根しか入ってないっつ~の!
  1. 2014/01/20(月) 19:48:04|
  2. 屋根フェチの小部屋
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五十猛のグロ2

 大田市五十猛(いそたけ)町の大浦の浜のトンド行事、「五十猛のグロ」の続きです。毎年1月11日から、長い竹を立て、笹と筵で組み立てた仮屋を作り、15日の早朝に火を放つ独特の正月行事です。前回の画像は日没後の撮影で真っ暗だったので、一昨年の日中に撮影したものを紹介します。
五十猛のグロ
 韓神新羅神社から見るとこんな感じです。
韓神新羅神社から見たグロ
お松:お~!なんだかモンゴルの遊牧民の住居みたいですね。え~っと、パオとかゲルとか?どっちがどうでしたっけ?
やや:パオが中国語でゲルがモンゴル語?同じもののようですね。
お松:五十猛のグロ!グロとゲルって似てませんか?それに韓神新羅神社の前の浜?韓神で新羅で港ですから、モンゴルの遊牧民と関係が?
やや:馬に乗って日本海を渡った遊牧民が流れ着いたとでも?
お松:・・・でも、でも、なんか韓神とか新羅とか、どっかあちゃらのにおいが・・・。
やや:朝鮮半島とモンゴルはぜんぜん違います。それに、仮屋を建てる正月行事自体は全国各地にあります。ぶっちゃけ、他人の空似です!
お松:でも、でも、でもモンゴルじゃないにしても韓神とか新羅とかは?
やや:それは朝鮮半島かもしれませんが、この正月行事とは無関係。韓神新羅神社は元は五十猛神社の境内社で、明治40年代に現在地に移されたそうですね。
お松:でも、そう言えば、確か「五十猛」と言う地名も朝鮮半島と関係があったんじゃないんですっけ?
やや:天石屋戸(あめのいわやど)事件の後始末としてスサノウが高天原を追われた後に八岐大蛇(やまたのおろち)退治に向かうのですが、『日本書紀』の「一書(あるふみ)」によれば、高天原から新羅経由で向かったと言う話があります。その時に、新羅に同行したのが息子である「五十猛命」とスサノウの娘達です。
お松:ほら、やっぱり関係があるじゃないですか?
やや:五十猛命は、『日本書紀』の「一書」に出てくるだけで、『日本書紀』の本文や『古事記』には見えません。ま、それはともかく、日本海の港町なので、なにがしかの異文化との接触はあったんでしょうね。
お松:でも、ここだけにゲル(←やや:ゲルじゃねぇ、グロだ!)があるって、やっぱり五十猛の、韓神の、新羅の、モンゴルのゲルじゃないんですか?
やや:う~ん、残念。残っているのはここだけですが、大正時代までは近隣の仁摩などでも同様の行事があったと言われています。元々はここだけではなかったんですねぇ。
 でも、まぁ、ゲルは他人の空似としても、五十猛にはいろんな地名や伝承があるので、朝鮮半島との関わりはあったかもしれませんね。
煙出しの様子
お松:屋根は穴だらけなんですね。
やや:5日間、火を絶やさないので煙出しが必要です。
小学生もやってくる
お松:地域の伝統行事なので、小学生もやって来るんですね。この火で焼いたお餅を食べると風邪を引かないって、必ず言われますよね。
やや:昼間はね。
お松:夜は?
やや:火を絶やさないので、地域の大人達が集まります。で、この火であぶったスルメを食べると・・・。
お松:この火であぶったスルメを食べると?
やや:酒が旨い!
お松:・・・そっちか?
  1. 2014/01/18(土) 08:08:12|
  2. お松との会話
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五十猛のグロ1

 石見銀山にほど近い大田市五十猛(いそたけ)町の大浦の韓神新羅神社(からかみしらぎじんじゃ)の前の浜では、「五十猛のグロ」と呼ばれる正月行事が行われます。いわゆる「トンドさん」の一種で、毎年1月11日にグロと呼ばれる仮屋を作り歳徳神を迎え、一年の豊漁などを祈願するお祭りです。長い竹の柱を立て、笹と筵で組み立てた独特の仮屋で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
五十猛のグロ
 グロを建てている期間は、地域の人々がグロに集まり、炉を囲んで過ごします。そして1月15日の早朝に各家から持ち出された正月飾りとともに火を放たれて焼かれてしまいます。・・・見に行きたいのですが、ウィークディの早朝に行けるはずもなく、せめて、立っている間に見に行こうと思っていましたが、忙しくって、着いた時にはすっかり日も落ちて真っ暗。
グロに集まる正月飾り
お松:画像では、なんとか明るそうですが?
やや:ノイズ出まくりのISO6400で、なんとかこの明るさです。現地ではほぼ真っ暗でした。明日(15日)早朝には火を放たれてしまいます。近所の方が、三々五々、正月飾りを持ち寄っていました。
韓神新羅神社から見たグロ
お松:ところで、タイトルが「五十猛のグロ1」になってますよ。ってことは「2」があるんですか?
やや:だって、これじゃぁ何にもわかんないでしょう?次回は過去画像でグロを紹介します。
お松:え~!そんな予告とかしちゃって、大丈夫ですか?
やや:た・たぶん・・・。
  1. 2014/01/14(火) 19:51:39|
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夢の跡・・・清水谷製錬所跡

 今日の話題は、石見銀山の清水谷製錬所跡です。(←お松:また、石見銀山ですか?そろそろ石見銀山カテゴリを立てたら?←やや:だってネタがないんだもん。)
 石見銀山の約400年にわたる鉱山としての歴史の最後から2番目あたりに登場するのが、この清水谷製錬所跡です。
 すごい石垣なので、時々「お城ですか?」みたいなことを言われることもありますが、明治28(1895)年に完成した製錬所跡の基礎部分です。
 このページでは何度も説明しているように、石見銀山がバンバン銀を産出していたのは発見からわずか100年ほど、17世紀後半には銀の産出量は急減し、銅の生産割合が増えていきます。
 こうして江戸時代の石見銀山は、なんとか細々と命脈を保つ訳ですが・・・ところで、鉱山というのは、時々復活するんです。
 世の中の多くの人が誤解しているのですが、そもそも銀山というのは、岩を掘っていると、ある時ピカッと光る銀の塊が出てくる・・・と言う訳ではありません。←「酸化しているから黒いんですよね」なんて、もっともらしく言う人もいますが、それもブッブー。銀が塊で出てくる訳ではなく、銀の成分を(ほんのわずかに)含んだ石が掘り出されるんです。なので、鉱石を肉眼で見ても、容易に銀を識別することはできません。だから、鉱石を選鉱し、製錬して銀を取り出す訳ですが・・・つまり、銀山と言うのは、鉱石を掘り出し(掘るための人件費他)、それを輸送し(輸送費他)、精錬して不純物のない銀を取り出す(燃料費他)、それらの経費の合計が市場の銀価格より安ければ、鉱山として成立し、高ければ廃山となる訳です。つまり、山に銀がどれほど残っていても、採算が取れなければ廃山となり、逆に時代と共に技術が進歩して、その経費が下がれば、銀山として復活する可能性もあると言うことです。
明治維新を経て、石見銀山は天領ではなくなりました。明治政府は佐渡や生野など一部の有力鉱山を除いて、江戸幕府が押さえていた多くの鉱山を民間へ払い下げました。すでに銀が枯渇状態であった石見銀山も例外ではありません。
 その石見銀山に大々的に進出してきた藤田組が導入したのがこの清水谷製錬所です。この製錬所は、莫大な費用を投じ、ドイツで学んだ最新技術によって銀生産の復活を意図したものでした・・・が、結局は思ったほどの品位のある鉱石は得られず、最新設備を投入したこの製錬所は、わずか1年半で閉鎖されたのでした。
清水谷製錬所跡冬景色
お松:わずか1年半?なんか・・・雪とか舞っちゃって、まさに強者どもが夢の跡って感じですね。

清水谷製錬所跡の石垣
やや:この精錬所跡には、現在では梅の木が植えられています。来月の後半になると、梅が開花しますよ。
お松:それはさぞ美しいでしょうが、2月の石見銀山って寒そうですよね。
やや:実は・・・寒いです。
  1. 2014/01/11(土) 19:13:21|
  2. 石見銀山で散歩
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新年明けましておめでとうございます

やや:本年もよろしくお願いいたします。
お松:さぶちゃんで暮れた昨年に引き続き、本年も、皆様にとって楽しい1年でありますように。
やや:新年早々、よく判らない挨拶で?
お松:とにかく、新年1発目の話題はなんでしょう?

やや:石見銀山大森の町並みの一番手前にある城上(きがみ)神社です。新年にふさわしく、神社のカットで・・・。
お松:ここんとこ、石見銀山が続いていますよね?それも、けっこう古い画像ばかり。そう言えば、去年もこの時期は石見銀山だったようで・・・。
城上神社拝殿
やや:・・・え~、外野がうるさいようですが。画像は、城上神社の拝殿です。とんでもなく立派な拝殿だと思いませんか?
お松:確かに、普通の神社と何かが違うような・・・。
やや:重層。つまり2階建てに見える造りになっています。ちなみに、石見銀山では佐毘売山神社の拝殿も同様ですが、普通は、重層の拝殿は多くはありません。もちろん、出雲大社も(でかいですが)単層。ちなみに城上神社と佐毘売山神社は同じ大工が造ったことが判っています。
お松:城上神社の拝殿と言えば、鳴き龍がいるんですよね。
城上神社の鳴き龍
やや:「いる」?ある?
お松:い・る・の!天井の鳴き龍の真下で柏手を打つと、龍が鳴いてくれるんですよね。
やや:天井板が反響するんですね。
お松:龍が鳴くの!まったくもう!
 ところでややさん、これ、カテゴリが「お松との会話」になってますよ?「ネタ切れにつき在庫処分」のまちがいじゃないですか?
やや:いや、新年早々、在庫処分もどうかと思って・・・。
お松:でも、在庫処分ですよね。
やや:「屋根フェチの隠れ家」にしておきましょうかねぇ?
お松:在庫処分ですよね。
やや:う・・・すまん。これで許して。

おまけ、城上神社の狛わんこ。
城上神社の狛犬
ちょっとご機嫌な感じ。
  1. 2014/01/01(水) 07:46:18|
  2. お松との会話
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やや

Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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