木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

梅雨時にしつこく雨乞いの神社とヤマタノオロチ

 前回は盾縫(たてぬい)郡の宿努(すくぬ)神社と虹が滝を紹介しましたが、出雲市から市境を越えて松江市側へ。出雲市の一部を含む宍道湖北岸地域は『出雲国風土記』では秋鹿(あいか)郡です。その秋鹿郡の西の端に近い、現在の一畑電鉄津ノ森駅近くの湖岸に鎮座しているが大野津神社です。
大野津神社
 大野津神社は、733年の『出雲国風土記』にも記載のある神社ですが、それよりもおもしろいのは、この神社には「蛇骨」が保管されているはずなんです。蛇骨って、ヤマタノオロチの骨と言うことでしょうか・・・?実物はどんなものでしょう?
お松:見たことはないんですね?
やや:んなもん、あるかい!
大野津神社の賽銭箱
 いわゆる出雲神話と呼ばれるものの中で、特に有名な神話がスサノオのヤマタノオロチ退治ですよね。『古事記』『日本書紀』に記されるこの物語は、実は、地元の地誌である『出雲国風土記』には登場しません。この神話は、出雲には無いのか?とも思ったりもしますが、『出雲国風土記』と『古事記』『日本書紀』の内容は神名が異なるもののリンクする内容が非常に多く、『出雲国風土記』の執筆者たちが『古事記』『日本書紀』の内容を知っていたと可能性は高く。出雲的には記す必要が無かったのか・・・この辺の事情は複雑で、神話と言えども政治的な匂いも・・・。
さて、
 その後、おそらく近世から近代初頭頃に神話の内容に合わせた物証(?)が出雲に限らずあちこちで作られ発見されるようです。出雲地方の各地に、ヤマタノオロチに関する何かがあったりしますが、中でもこの大野津神社の蛇骨というのは相当大胆な・・・。
大野津神社の狛犬
 神社の説明板によると、昭和9年と14年に雨乞いの祭りが行われ、そこでこの蛇骨が登場しています。
 潔斎した神職らが蛇骨とともに船に乗り、宍道湖へ漕ぎ出します。目的地は宍道湖の真ん中付近。宍道湖の四隅のある山(4つの神名樋山のことか?)を結ぶ対角線の交差する場所で、その水中には鳥居があるとか・・・。そこで雨乞い神事を行うと、神社へ帰りつく頃には、空はにわかに掻き曇り、雨が降り出すのだそうです。
やや:ただ、説明板によると灌漑設備の完備された近年は、そうした神事の必要も無くなったのだそうで、それ以降は、大々的には行われていないのかな・・・?
お松:それはそれで、少し寂しいですね。
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  1. 2014/06/28(土) 18:28:25|
  2. 神話の足跡探し
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虹が滝

 梅雨に入って雨降りすぎで大変な地域もあるようですが、山陰地方は昨夜からの雨も上がり、うっとうしくも蒸し暑くなってきました。
 さて、
島根半島の中程、やや西側の部分、合併前の旧平田市付近は風土記の時代には盾縫(たてぬい)郡でした。『出雲国風土記』の盾縫郡の記載には、雨乞いに関する記載が所々で見られます。たとえば、盾縫郡の神名樋山(かんなびやま:三角形に見える神の宿る山)には多伎都比古命(タキツヒコノミコト)が祀られ、「祈ると必ず雨を降らせる」とされています。多伎都比古命は、その読みからも滝を神格化した神名に違いありません。盾縫郡の神名樋山に比定されている大船山の中腹には滝が知られており、その水を集めた先には多久神社が鎮座しています。出雲地方でも島根半島側は川が小さいことから、滝とかってあまりないような印象がありますが、大船山山麓と周辺にはいくつかあるようです。
 その大船山の西側にも多伎都比古命とその母神である天御梶日女命(アメノミカジヒメノミコト)を祀った宿努(すくぬ)神社が鎮座しています。集落からは大きく離れ、拝殿は多生傷んではおりますが、境内の掃除は行き届き、氏子さんたちによって大切に守られているようです。
宿努神社
 その社殿の背後の狭い谷奥には、古くから雨乞いが行われていた虹が滝あります。瀧大明神と呼ばれた時代もあったようで、現在でも滝行が行われることがあるようです。
虹が滝
 晴れた日には本当に虹が見えるのだそうですが・・・
お松:今日は出てませんね。
やや:曇り空ですしね。
お松:なんか・・・やる気ないって言うかぁ?
やや:眠くって・・・。
お松:あ!連日の早起きで?毎日見てるんですか?そう言えば、日本って大ピンチだそうですね。
やや:まぁ、それはしょうがないんですが、ファンペルシーがすごかったり、ヤヤトゥーレが復調してきたり、ギャンはやっぱりすごかったり・・・あ!セルヒオラモスもジェラードも後1試合しか見れない!
お松:何を言っているのか理解不能なので、今週はこのあたりで・・・。

おまけ
宿努神社拝殿の・・・
 宿努神社の拝殿に、この灯籠・・・。
  1. 2014/06/22(日) 15:25:13|
  2. 神話の足跡探し
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滑狭(なめさ)郷の続き

『出雲国風土記』によれば滑狭郷には和加須世理比売命(ワカスセリヒメノミコト=スセリヒメ)が坐しており、神社名としては奈売佐社と那売佐社・・・2つのナメサ社が記されています。
那賣佐神社拝殿
 『延喜式』には、「那売佐神社・同社坐(オナジヤシロニイマス)和加須西利比売(ワカスセリヒメ)神社」と記されていますので、この2社付近でスセリヒメが祀られていたのでしょう。
那賣佐神社の手水
 この出雲の西の端に祀られていたスサノオの御子である女神が、オオクニヌシの正妻として、時にスサノオからオオクニヌシを助け、時に激しく嫉妬したりする女神として『古事記』に描かれてしまうのはどのような事情があったのでしょうか?
那賣佐神社の狛犬さん
 現在の那賣佐神社は、岩坪の近くの急な斜面の上に静かに鎮座しています。

 おまけ
 那賣佐神社ある山は戦国時代の山城、神西城跡です。山頂付近には曲輪や土塁の跡が残されているのですが、その本丸近くにあるのが・・・
神西城跡の一夜城
お松:これ、何ですか?
やや:電球がつけてあって、夜になると三角や四角を組み合わせたおでんマークを浮かび上がらせる何かです?
お松:あ!お城の形?
やや:まさに一夜城ですね。
  1. 2014/06/15(日) 17:25:56|
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滑狭(なめさ)郷の岩坪

 『古事記』に登場するスセリヒメは、スサノオの娘で、根の堅洲国(ねのかたすくに)でスサノオによって様々な試練を与えられ殺されそうになったオオクニヌシを助け、オオクニヌシの正妻となった女神です。『出雲国風土記』には、そうしたエピソードは出てきませんが、その和加須世理比売命(ワカスセリヒメ=スセリヒメ)が神門郡の滑狭郷(なめさごう:現出雲市東神西町付近)に祀られていた事を記しています。それによると、所造天下大神(=オオクニヌシ)が娶って通った社の前の岩がとても滑らかだったので「滑狭(なめさ)」となったのだそうです。
 『出雲国風土記』の時代に滑らかだった岩は・・・現在では、両岸が護岸されてはいますが、九景川(くけがわ)の小さな渓谷の中に、洗われた一枚岩が・・・オオクニヌシが「滑らか」だと言った(かどうかは知りませんが)岩が、残されています。
滑狭郷の岩坪
お松:滑らかな一枚岩は確かにそうですが、その横の丸い穴は何ですか?
やや:甌穴(おうけつ)と呼ばれる自然現象です。元々あった小さなくぼみに石が落ち、それが水流で揺らされ周囲を削るものの、微妙なバランスでくぼみから出ることなく、次第にくぼみを大きくしてできた穴です。古代の人には、さぞ不思議な物に見えたのでしょうね。
岩坪の甌穴
お松:滑らかな岩よりも、こっちの方が目を引きますよね。
やや:おそらくは、元々そっちの方が信仰の対象になっていたのでしょう。でも、『出雲国風土記』には地名の由来で登場しているので、甌穴の事は記されていないのでしょう。
お松:史実かどうかはともかく、オオクニヌシが見たかも知れない同じ光景を見られるってなんだか不思議ですね。
やや:神門郡は、オオクニヌシが娶って通ったネタが多いところですね。
お松:ん?スセリヒメはオオクニヌシの正妻ですよね?
やや:朝山郷は、オオクニヌシがマタマツクタマノムラヒメの所に毎朝通ったので朝山。八野郷は、ヤノワカヒメを娶ろうとして屋を造らせたので八野(やの)。
お松:そう言えば、イナバノシロウサギの時も確かヤカミヒメに?・・・なんか、なんか釈然としないものが・・・。
  1. 2014/06/14(土) 17:59:53|
  2. 神話の足跡探し
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佐毘売山神社のナゾ2

 石見銀山の中心にあり、鉱山の神様である“佐毘売山神社”が、なんだかややこしい経緯で祀られているって言う事は、以前に「佐毘売山神社のナゾ」でお話ししたとおりです。
お松:確か・・・佐毘売山と言うのは石見と出雲の堺にある三瓶山のことで、それが・・・
やや:それが、美濃国(岐阜県)勧請されて、さらに益田市(石見の最西あたり)勧請され、再度、大田市の石見銀山に祀られたと・・・。つまり、大田発で美濃と益田を経由して、再び大田に祀られたんだと・・・。
 元である三瓶山周辺では3ヵ所(実は、よく知らない・・・)ぐらいの佐毘売山神社があるのだそうですが、その内の一つ、多根の佐毘売山神社に行ってきました。
多根の佐毘売山神社
 佐毘売山である三瓶山の北麓の多根と言う集落にある佐毘売山神社は、三瓶山を真正面に仰ぎ見る、静かな神社です。
 解説板によると、祭神は大巳貴命(オオナムチノミコト=オオクニヌシ)、少彦名命(スクナヒコナノミコト)、須勢理姫命(スセリヒメノミコト=オオクニヌシの正妻)とされていますが、鉱山云々はまったく記されていません。また、創建の由来と題された文章にも「大国主命」が「池を穿ち・・・鋤鍬の道を教え授けられ・・・」・・・つまり農事を伝えたので多根(種)と言う地名になったことを記しています。
佐毘売山神社本殿
 オオクニヌシが「スクナヒコ(ナ)と天下を廻り、稲種を落としたので種(多根)と言う」と言う説明は、『出雲国風土記』の「飯石郡条」に出てくる、出雲の多根の地名説話で、石見の多根にも同じ話とされているのは、いろいろ想像されます。
お松:で?鉱山の神様は、どこに行ったの?
やや:だから、本当に訳がわからないんだってば。そもそも、佐毘売山は三瓶山のことで鉱山の神様ではなかったのかも?鉱山の神様になったのは、美濃国での話なんじゃないのかと・・・。
お松:じゃぁ、オオクニヌシやスクナヒコナと関係が?
やや:それも判らない。佐毘売山は『出雲国風土記』の冒頭を飾るあの「国引き神話」に出てきますが、スクナヒコ(ナ)は、飯石郡の多根の地名の由来にしか出てきません。オオクニヌシとスクナヒコナが国造りの相談したとされる場所が、石見地方に2カ所ある事を紹介しましたが、出雲側にはスクナヒコナの伝承地がほとんど無いというのも・・・。
お松:相変わらず、良く判らないというと言うことが、大変良く判りました。
やや:まったくですわ・・・。

おまけの画像
休んでいる狛犬
なんかさぁ、ここんとこ、ちょっと暑いんだよねぇ・・・。
  1. 2014/06/07(土) 08:51:50|
  2. 石見銀山で散歩
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早くも夏のようで・・・

 新緑の季節はあっという間にぶっ飛んで、真夏の暑さの島根です。忙しいこともあって、どこにも行けず・・・。
お松:そもそも専門外の“なんちゃって西洋建築”で3回も引っ張ってきましたが、さすがに限界?
やや:・・・はい。
お松:某所から「一畑電鉄を!」って言われているようですが?そう言えば、一畑電鉄と言えば、一度だけ出雲大社前駅のデハニの画像をアップしただけですね?
やや:・・・電車とか、来るのを待っていられないんですよねぇ。
お松:出雲大社前駅のデハニは、行けば撮れますもんね。そう言えば、そう言う画像ばっかりか?
やや:そうそう、待ちではなく攻めの画像です!
お松:岩とか、庭とか、神社ですが・・・これがややさんの攻め?
やや:・・・。
御陵神社
 ネタが無くなると出てくるプチ巨石ブームの御陵神社です。
御陵神社の祠
 古い港町である鷺浦と日御碕の間にある巨岩です。プチ巨石ブームをやっている人たちが、地元にリサーチしたらしいのですが、どう言ういわれがあるのかは不明。かろうじて鳥居と「御陵神社」と言う名が伝えられていました。
  1. 2014/06/01(日) 07:17:54|
  2. プチ巨石ブーム
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やや

Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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