木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

横田の岩屋寺跡に行ってみた

 この夏から、病的なぐらいに山寺に通っていますが、ずいぶん数がたまってきたので、カテゴリ立てちゃいました。
お松:病的と言うよりは病気。それ以上に、何者かに取り憑かれたかのように山寺に通っているややさんです。今までの山寺ネタは屋根フェチカテゴリに寄生していましたけれど、屋根が無い山寺まで屋根フェチは、さすがに苦しかったですよね。
やや:・・・。
 とにかく、今日、ご紹介するのは奥出雲町横田の岩屋寺跡です。出雲地方の南の端。広島県境も鳥取県境も近い、そろばんとそばの町、奥出雲町。その横田盆地の北側の丘陵の下に横田八幡宮が静かに鎮座しています。
横田八幡宮
 横田八幡宮境内からは弥生時代の銅剣が出土したとされ、鎌倉時代に作られた騎馬神像が伝えられるなど、由緒正しいお宮なのですが、行きたかったのは、その背後の山。標高607mの岩屋寺山の山頂近くに岩屋寺跡の堂舎が残されているのです。
 横田八幡宮近くから、参道沿いに点々と置かれる地蔵像をたどりながら、しばらく登ると、やがて、すでに仁王様がいなくなって久しい、朽ちかけた仁王門が見えてきます。
岩屋寺跡の仁王門
 この辺りから先は、岩を穿った小さな岩窟が多く開けられ、たくさんの地蔵像や羅漢像が、一人大汗をかきながら登る私を見守ってくださいますが・・・。
 最後の、急な石段を登りきると、やはり朽ちかけた根本堂が・・・。
参道から見た根本堂
岩屋寺は、真言宗の山岳寺院で、山林修行のお寺であることは言うまでもありません。元の本尊十一面観音の像内から発見された墨書によれば、嘉元二(1304)年に本尊を納める御堂を建立し、2年後の嘉元四(1306)年に本尊が完成したとされ、また、『岩屋寺文書』には、文永十二(1275)年の年記を帯びるものもあることから、遅くとも鎌倉時代には相当な規模の伽藍が整っていたはずです。
岩屋寺の根本堂

 山林修行のお寺ですので、根本堂の右手奥には蔵王権現舎があり、その更に先には、岩屋寺ですので、磐座?岩の下を通る道が続いています。
磐座
 その岩の上からは、横田盆地が一望できます。このロケーションから想像しても、鎌倉・室町時代には大変な規模のお寺だったことが想像されるのですが・・・。現在では無住の廃寺となり・・・。
磐座の上から横田の盆地を見下ろす

お松:建物だけはかろうじて建っていると・・・。これも明治の廃仏毀釈の影響でしょうか?そう言えば、元の本尊って言いましたよね。って事は今は?
やや:廃仏毀釈を乗り越えて、昭和40年代頃までは続いていたようです。元の本尊は人手に渡り、現在は個人所有のようです。
お松:え?じゃぁ、割と最近までお寺があって、仏像が流出したって事ですか?
やや:もちろん、地元では存続を願っておられたようですが、過疎の波?お寺さんは維持することはできず。でも、少なくとも、お寺さんが仏像を売った訳ではないようですが・・・。
 実は、このお寺の仁王様は、1970年代に流出したことが判っていて、現在はアムステルダムの国立美術館にいらっしゃいます。今は、オランダ人に日本の仏教美術のすばらしさを伝えていらっしゃるようです。
お松:はぁ?奥出雲の仏像がオランダにあるんですか?
やや:仁王様の他にも、このお寺の行基像はカナダのモントリオール美術館に・・・。その他、国内にもいくつか・・・。
お松:そ、それは・・・。
やや:もちろん、お寺さんが売っぱらった訳でも、オランダ人やカナダ人が強奪した訳でもないのだそうですが・・・。
お松:要するに、お寺さんとオランダやカナダの間で何かが起こったと?
やや:・・・何とも、そのあたりは・・・。
蔵王権現舎の前から根本堂を見る

 とにかく、鎌倉・室町時代に隆盛を誇った奥出雲の山岳寺院が、現在は遺跡に戻りつつあると言うことです。
お松:では、建っているうちに連れて行ってくださいよぉ。
やや:お?山寺の魅力が判ってきた?
お松:そろそろ新そばの時期だしぃ。奥出雲と言えば「おそば」ですよねぇ。
やや:・・・まぁ、それも良いかもです。
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  1. 2015/09/26(土) 19:11:56|
  2. 山寺で修行中
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久しぶりの天空のお庭

 ちょいと用事があって、国道9号線を西へ突っ走っておりましたが、あれ、小一時間ほどなら時間がとれそうだってんで、久しぶりに天空のお庭に上がってきました。
大麻山神社参道
浜田市三隅町の大麻山は標高599mの独立峰、山頂には、テレビ塔が建ち並び、眼下には日本海から浜田港辺りまで一望できるロケーション。
 この山頂近くにあるのが大麻山神社です。長い石段の先に石見らしい赤瓦の立派な拝殿が見えています。
大麻山神社本殿
 この大麻山神社の社務所の横には、日々の手入れも掃除も行き届いているのに見学自由という、欲の皮のつっぱた某和尚に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい・・・。とにかく、十分に手入れされているのに見学自由と言う、もったいないお庭、大麻山神社庭園があります。
大麻山神社庭園
 縁起では平安時代に遡る可能性ある真言宗尊勝寺の塔頭のお庭と考えられ、江戸初期頃のお庭でしょうか。尊勝寺は天保7(1836)年に大雨に伴う地滑りで被災した上、明治5(1872)年の浜田地震で壊滅。例の、神仏分離の時期だったため、再建されること無く・・・。昭和になって、このお庭が庭園史研究の大御所である重森三玲氏に「発見」され、今日に至っています。

お松:そう言えば、お庭ブログだったことがありましたよね。
やや:う・・・。その看板を下ろした覚えはありませんけどね。確かに、久しぶりではあります。
 ま、それはともかく、この尊勝寺。真言宗のお寺で、平安時代に遡る可能性がある、つまり、今、はまっている古代の山寺そのものなんですわ。神社とセットになっているのもセオリー道理で、けっこうたまらない感じです。
お松:なるほど、それで見に行ったんですね。お庭としては、どういった感じでしょう?
やや:ちょっと不思議なお庭です。600m近い高所にあって、お庭のすぐ後ろにはすんごいロケーションが広がっているのに、まったく借景を使わず、平地にあるお庭を山の上に持ってきたような・・・。
大麻山神社庭園から見た浜田港付近
お松:なるほど、なんだかもったいないような?
やや:尊勝寺の塔頭がここだけだったはずはありませんので、いろんなお庭があって、ここだけが残ったのだろうとは思いますがね。このお庭も、庭のど真ん中に靴脱ぎ石があって・・・。
大麻山神社庭園の靴脱ぎ石
お松:え~?庭のど真ん中で靴を脱ぐんですか?
やや:んなアホな?元々、ここまで縁があったんです。現在の建物はずいぶん後ろに引いて建てられていますが、お庭も変化しているんです。
お松:なるほど、とにかく、ひっさしぶりぶりのお庭ネタですよね。過去のお庭ネタは、え~と・・・。あー!去年の9月の益田以来?なぜか、9月になると石見に行って、お庭を見るんですね?
やや:別に決めている訳ではないですけどね。
お松:では、また来年!
やや:だからぁ・・・。
  1. 2015/09/20(日) 21:15:23|
  2. 石見のお庭
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まだまだ山寺に行ってみた

 この夏、すっかり山寺にはまってます。
 中世以前から続く山寺には、三徳山や大山など、簡単には行けないような、本当に山奥に建てられたものから、集落にほど近い、ちょっとした山?に建てられたものまで様々です。これは、山林修行者と言えど、人々の生活から完全に隔絶し、修行の日々だけを過ごすのは無意味だったからで、時々人里に降りて、修行で身につけたあれやこれやを人々に還元する必要がったからなのですが・・・。
 と、言う訳で、今日、行ってみたのは松江市玉湯町の岩屋寺跡です。玉造温泉の温泉街から歩いても10分ほどの所にあります。温泉街から北へ、住宅地の裏山のような小さな山を、ヤブ蚊の群れに追われながらしばし登ると・・・。
岩屋寺跡横穴墓
 実は、この場所は、岩屋寺跡横穴として昭和23年に国の史跡に指定されており、小高い山の上の山頂近くに露出した岩盤に2基の横穴墓(古墳時代終末期のお墓)が掘られています。この横穴墓の中に観音像が祀られていたのだとか・・・。
 
 岩屋寺の創建は不詳ですが、真言宗の山寺で、観音を祀っていることから平安後期に遡る可能性があり、出雲の山林修行の山寺にありがちなように、近世に衰退し、慶応から明治初頭に吹き荒れた廃仏毀釈によって廃寺になりました。
岩屋寺跡の石段
 明治5年、観音堂にあった観音像は清厳寺に移されますが、建物はすべて取り払われ、今は、石段とお地蔵様が残されるだけ・・・。
岩屋寺跡のお地蔵様

 この同じ丘陵の北側には布吾弥(ふごみ)神社があります。大名持命を祀り、玉作湯神社の飛地境内社とされ、『出雲国風土記』記載の「布吾弥社」と思われますが、これがなんとも、訪れる人も少ないようで・・・。
布吾弥神社参道
 古代の出雲地方の山寺を研究されている方々によれば、当時の山寺は神社とセットになっている場合が多いのだそうで、この岩屋寺跡での組み合わせは、興味深いところではありますが、まったく、明治の廃仏毀釈ってやつは・・・。
布吾弥神社拝殿?本殿?
お松:史跡は「岩屋寺跡横穴」って言うんですね。岩屋寺跡にある横穴だから「岩屋寺跡横穴」?でも、岩屋寺って、この横穴だった岩屋に観音様を祀ったから岩屋寺ですよね。岩屋を利用してついたお寺の名前が、その岩屋の名前に戻るって、おかしいじゃないですか?
やや:だから、私にそんな事言われてもよぉ・・・。
  1. 2015/09/19(土) 18:54:36|
  2. 山寺で修行中
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波乗りウサギがいっぱい

 松江市宍道町東来待の鏡神社です。鏡集落小さな谷間にあります。
鏡神社
 『出雲国風土記』にも見えず、勧請年代も不詳。鏡集落の氏神様。小さな村の神社です。ここへ行くつもりもなかったのですが、道すがら目に入ったと言うか・・・何やら予感がしたものでお参りしてみましたが・・・。
鏡神社本殿

お松:来待と言えば、来待石の産地。石切場がいっぱいあって、石灯籠なんかを造っているところですね。その谷奥の、小さな静かな神社ですが、予感って何ですの?


手水鉢の波乗りウサギ
お松:お?波乗りウサギ!
やや:それも、これは手水鉢です。灯籠の台座や火袋の下にいるのが一般的なのですが、手水鉢の側面なので、けっこう大きな波乗りウサギです。ネズミっぽいですが、ウサギです。昭和3年製ですので、波乗りウサギとしては結構古い部類です。
 で、参道を少し登ると、当然、参道の両側に灯籠があって、台座には波乗りウサギ。
灯籠の台座の波乗りウサギ
お松:こちらは正しい位置の波乗りウサギですね。
やや:それが・・・。灯籠の波乗りウサギは、通常は、4面(6面の場合も)のうち正面の1面だけに波乗りウサギが描かれ、他の面は波だけになっているのが一般的です。それがここの灯籠は、各面に波乗りウサギ。波乗りウサギの大盤振る舞いです。
お松:よっぽど好きだったんでしょうか?
やや:この波乗りウサギは竹生島文様をモチーフにしたもので・・・。
お松:ちくぶじま?
やや:細かい説明は省きますが、琵琶湖の竹生島です。竹生島に向かう琵琶湖の湖面から見た月を、ウサギに象徴させているんです。灯籠ですので、月明かりのように、夜に火を灯すのですが、それで月・・・ウサギを描いているはずです。だから、いっぱいいるのはおかしいんです。1面だけにウサギがいて他の面は湖面の波が正解なんです。もっと言うと、手水鉢に波乗りウサギとか、まったく意味がわからないんです。
お松:と、言いつつ、楽しそうにアップするややさんなのでした。

おまけ
なんで、こんなに波乗りウサギだらけなんでしょう?
鏡神社の狛犬
やや:犬のおまわりさんは教えてくれない。
お松:だから、犬でもおまわりさんでもないってば!
  1. 2015/09/12(土) 17:40:27|
  2. 波乗りウサギに会ってきた
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やや

Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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