木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

神在祭2

 お忌み荒れ真っ最中の出雲地方です。
 と言う訳で、神在月や神在祭についてつぶやいていると、いろいろな方からご質問をいただいておりまして、とっても高度な歴史・伝承に関するものから、ちょっとそれ、そもそも間違ってるし・・・みたいなものまで。皆さん、この手のお話は大好きですよね。

お松:好きに決まってるじゃないですか!特に女子は!
やや:いや、だから、その辺がちょっとそれって・・・。神様方は、縁結びの会議に集まっていると思ってるでしょ?
お松:ん?ですよね?違うの?
やや:もちろん縁結びも含みますが、神議り(かみばかり)がもっとも多く言われている目的です。それ以外に、意外に多いのが酒造りのためだったり、料理とか、里帰りとか、いろんな目的で出雲にご参集なさいます。現在では縁結びがクローズアップされていますが、それは、近世以降に広められた比較的新しい伝承で、酒造りなどの方がより古い伝承のようです。
お松:う・・・。そう言えば、前回は遅れてくる神様がいるとか、出雲に来ない留守神がいるとか、気になる話も・・・。
やや:歴史的に言えば、「神在月の信仰が、全国にどのように広められたのか」と言う問題に関係します。が、細かいことはすっ飛ばして、神様方がいつ出雲へお見えになるかと言えば、やっぱり、神在月に出雲に訪れる神様が最も多く(←お松:当然!)、来ちゃってから年を越して冬中出雲に滞在する神様、神在月の前に出雲に訪れちゃう神様、神在月の途中で帰っちゃう神様など様々です。
 また、留守神は、10月に祭礼を行う神様は、基本的に留守神で、出雲に来ているヒマがありません。主に農耕神が多いと言われていますが、そうした神様方には、出雲に来られない理由がちゃんと用意されていて、「巨大な蛇体なので、頭が出雲に着いたときに、尾がまだ地元を離れていなかったから」とか、「子だくさんでとても行けない」とか、中には、「貧乏だから」とか、まぁ、人生いろいろ、神様もいろいろです。
お松:・・・。

やや:松江市鹿島町の佐太神社では、11月20日から25日までの神在祭がよく知られていますが、実は5月20日から25日に、春の神在祭も行われます(←お松:5月に神在月?)。これは、外敵に備えて神在月に出雲に来ることができなかった髙良大明神(住吉大神)のために行われるとされています。
売豆紀神社本殿

 上の画像は、松江市雑賀町の売豆紀(めづき)神社なのですが、ここでは12月3日から9日に神在祭が行われます。売豆紀神社では月遅れで神在祭が行われているので、本来は旧暦の11月3日からです。
お松:ん?旧暦で11月だと神在月じゃない?
やや:ですね。佐太神社に参集なさった神様方は、佐太神社の神在祭が終わった後に売豆紀神社を訪れるから、とされていますが、佐太神社の神在祭は25日までですので、1週間ほど時間が空いちゃいますね。なので、「遅れて出雲にやってきた神様のための神在祭」と言う方もいらっしゃいます。
 ちなみに売豆紀神社の御祭神は絶世の美女神とされる下照比売(したてるひめ)命。この美女神に神々が目を付けたので、目付け・・・めつけ・・・売豆紀(めつぎ)神社なのだとか・・・。さらに、秋田の某神様(売豆紀神社でははっきり神社名を書いてますが、秋田側にそうした伝承があるかどうかは不明)は、美女神のもてなしに帰るのが名残惜しくって、正月近くまで残られるんだとか・・・。伝承とは言え、言いたい放題ですね。
お松:八百万(やおよろず)も神様がいると、すさまじいですね。
やや:人生いろいろ、神様だっていろいろ。
お松:し・島倉さんですか・・・。

おまけ
売豆紀神社では、引退した狛ワンコも大切に保存されています。
売豆紀神社の引退狛ワンコ
お松:なんか、縁側でくつろいでる老夫婦みたいですね。「ばあさんや、今年も歳末が近づいてきたのぉ。」「若い人たちは、慌ただしそうですねぇ。」みたいな・・・。
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  1. 2015/11/29(日) 15:51:19|
  2. お松との会話
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神在祭

 先週は、「穏やかな神在月を迎えた」などと言いましたが、その後の天気は急降下。しっかりお忌み荒れ(神在祭期間中に天候が荒れること)の出雲地方です。画像は、神在祭を行っていない虫野神社(松江市福原町)です。
虫野神社

お松:神在祭って、旧暦の10月?いつからいつまでなんですか?
やや:それがまたややこしくって・・・。神在祭を行う神社は、出雲大社だけではなく・・・。で、それがまた神社毎に、旧暦で行う神社、新暦の日を決めて行う神社など様々です。おおざっぱに言えば、出雲大社を中心とする出雲市周辺では旧暦で行う神社が多く、佐太神社など松江市周辺では新暦に行う神社が目立ちます。
 で、今年の主な神社さんの神在祭と言うと、始まった順で
神魂神社(松江市大庭町)11月11日から18日(新暦)
 朝山神社(出雲市浅山町)11月12日から21日(旧暦の10月1日から10日)
 佐太神社(松江市鹿島町)11月20日から25日(新暦)
 出雲大社(出雲市大社町)11月21日から28日(旧暦の10月10日から17日)
 日御碕神社(出雲市大社町)11月22日から28日(旧暦の10月11日から17日)
熊野大社(松江市八雲町)11月22日(旧暦の10月11日)
 多賀神社(松江市朝酌町)11月25日から26日(新暦)
 万九千神社(出雲市斐川町)11月28日から12月7日(旧暦の10月17日から26日)
・・・ですが、この他にも神在祭を行う神社はたくさんあり、遅れてくる神様や何かの事情で残っちゃった神様のお祭りをする神社とかまであったりします。
お松:出雲大社で行われる神迎え祭が有名ですが、それ以外にも各地で行われているんですね。
やや:もう一つ、有名どころでは万九千(まんくせん)神社の神等去出祭(からさでさい:神送り神事)があります。これが終わると、出雲地方は本格的な冬の到来と言うことになります。
お松:って事は、出雲地方の今年の冬は12月8日からなんですね。
やや:・・・そう言う事じゃなくって・・・。

おまけ
虫野神社の跳び狛
お松:みぞれ混じりで寒いのですが、♪い~ぬは よろこび にわ か~けまわり!
  1. 2015/11/28(土) 18:08:38|
  2. お松との会話
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穏やかな神在月を迎えました

 神在月を迎えた出雲地方です。例年なら「お忌み荒れ」と言って、神迎えと共に天候が荒れ始めるのでのですが、今年は穏やかな神在月を迎えております。
 出雲大社界隈は、例によってごった返しているようですが、本来の神在月は、神様方の会議の邪魔をしないよう、歌舞音曲を自粛し、静かに過ごすのが正しい姿です。
多賀神社

 と言う訳で、今日も静かな松江市朝酌町の多賀神社です。多賀神社は、佐太神社で会議を行った神々が11月25日に立ち寄られ、ここでもてなしを受けた後に、各地へとお帰りになる・・・神等去出(からさで)祭が行われます。
 神社の横には全長約62mの前方後円墳である魚見塚古墳があります。『雲陽誌』によれば、多賀神社に集まった神々は、眼下の大橋川で恵比寿神が魚を捕る様子を見物されたと言い、それが古墳の名前となっています。
多賀神社前の釣り人

お松:ま、まさか、恵比寿神ではないですよね。
やや:恵比寿は、ルアーは使わないと思いますけどねぇ。
  1. 2015/11/22(日) 17:42:11|
  2. 神話の足跡探し
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星上山の星上寺

 え~、前回は、松江市八雲町東岩坂の星上山(453m)の山頂に、『出雲国風土記』にも記される那富乃夜神社がある、と言う話をしましたが・・・。
お松:「星上山の山頂に那富乃夜神社がある」と言う話だけで、ホントーにそれだけで終わってびっくりしましたが・・・。
やや:だはは・・・。その那富乃夜神社の隣、星上山山頂近くには星上寺があります。
星上寺
 星上寺は、現在は曹洞宗で、通常は無住となっていますが、元々は真言宗。つまり、山林修行の山寺です。実は星上山の麓には仁王門があり、つまり全山が星上寺だったわけです。
 那富乃夜神社の北側斜面をわずかに下ったところに、清水が湧き出し、升を組んで水をためた施設があります。
星上山のわき水
 星上寺の縁起によれば、聖武天皇の御世(8世紀前半!?)、漁師が暴風雨で遭難しかかった時、星の光が山を照らしたので、その方角に向かったら、なんとか助かったのだとか。不思議に思った漁師がその山へ向かうと、池があり、水面に観音様の姿が現れた言う・・・。
星上山の星上池
お松:な、なんか、微妙に聞いたことがあるような・・・。
やや:石見銀山が発見された伝説は、博多の豪商が日本海を航海中に山が光って銀行脈を発見したと・・・。石見銀山清水寺の縁起で、やはり観音様です。
お松:観音様って、時々、光るんですね。
やや:・・・。石見銀山清水寺は天台宗、この星上寺は真言宗ではありますが、同じ密教で本尊は観音様です。密教の中にそういったテキストがあるのかもしれませんね(←お松:また、話をつまんなくする・・・)。
 ところで、松江市忌部町に忌部神社と言うお社がありますが、そこに『忌部総社神宮寺縁起』と言う神社に併設された神宮寺の縁起が伝わっています。その養和元(1181)年2月条には、「当時の国司の施政に怒り、国司屋敷を襲撃した」とする記事があり、その襲撃した僧兵に来待岩屋寺などと共に「岩坂星神山四十坊」という記載が見えます。
お松:ってことは、12世紀・・・平安時代の終わり頃に、この星上寺には四十坊も僧坊があって、僧兵がいたって事ですか?
やや:残念ながら、この『忌部神社神宮寺縁起』は、誇張や脚色が多く、資料的な信憑性は低いとされていますので、ここから読み取れる事実は、12世紀後半に、星上寺があって、僧坊がいくつかあった。・・・までしか言えないのですが・・・。その後、星上寺は盛衰を繰り返し、昭和23年に発生した火災により全山焼失。古い仏像や建物は残されていません。
お松:まあ、それにしても少なくとも平安時代までは遡る、由緒ある古い山寺だと言うことは判るんですね。でも、観音様が光って、漁師が助かるというのは、もっと海に近い山での伝説の方がしっくりしますよね。
やや:山の形がきれいな三角形で、目印になりやすいこともあるのでしょうが・・・。『雲陽誌』(享保2(1717)年)には、那富乃夜社の事ですが、「妙見・八幡を同社に祭る」とあります。妙見とは「北辰」つまり北極星や北斗七星の信仰ですね。
星上寺の境内

お松:お、星?星上山の星上寺の星?
やや:星の指し示す方角が北。遭難寸前の漁師が星に導かれ、正しい方角を知ったと・・・。一方、密教の修行者たちにとっては、いかに山林修行中とはいえ、水は欠かせません。山頂近くにわき水のある山は山林修行にも最適の山。山林修行に妙見信仰。何となく繋がりましたね。
お松:現在は、スターパーク星上山。平安時代から続く妙見信仰は、意外な形で引き継がれて・・・。
やや:・・・そんなはずないだろ。
  1. 2015/11/08(日) 17:57:35|
  2. 山寺で修行中
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星上山の那富乃夜神社

 松江市街地から国道432号線を南へ向かい、八雲町中心部を過ぎると、山が迫ってきます。少しずつ道路の拡幅が進められていますが、それでも進んでいくと次第に道幅が狭くなり、曲がりくねった坂道となります。
 『出雲国風土記』に「築陽川」と記された意東川の源流は、「萩山」と記されていますが、この山は現在では星上山と呼ばれ、星上山スターパークと呼ばれる星空観測や夜景を楽しむキャンプ場が知られています。そのキャンプ場がある関係で、標高約453mの山頂近くまで車で上がることができます。
星上山から見た意東川河口辺り
 う~ん。木が高くって、松江市街地一望とまではいきませんが、木々の隙間から見えているのは中海に浮かぶ大根島(『出雲国風土記』の蜛蝫島)と揖屋干拓地。お~その横には『出雲国風土記』の築陽川!つまり意東川の河口ですね。
那富乃夜神社
 その星上山の山頂には那富乃夜(なほのや)神社があり、『出雲国風土記』には「那富乃夜社」と記されています(←お松:まんまじゃないですか?)。標高500m近い山の上の神社が、風土記の時代から在ったかどうかは判りませんが、この星上山そのものが社だったのかもしれません。
那富乃夜神社拝殿

お松:あれ、今日はそれだけですか?
やや:あはは。あんまりネタがないんだよね。
お松:高い山の上に神社があって、そんだけ?
やや:実は、セットでお寺がありますが。
お松:そ、その話はまた次回ってか?
やや:ちょっと、調べが十分じゃなくって・・・。
  1. 2015/11/03(火) 18:38:38|
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 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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