木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

GWなので、山を一回り

 山寺話・・・すっかり職場でも広まってしまって、「そんなに楽しいのなら、みんなも連れて行け~!」って事になっちゃいまして・・・
お松:そんなに楽しいはずは、ないのにね~。
やや:ま、とにかく、職場の皆さんをお連れすることになったのですが、もちろんいきなりハードな山に行く訳にもいかず、手近なところで・・・。
日本海側から見た朝日山
お松:ややさんの言う「手近」とかは、イマイチ、常人には信じがたい感じの・・・。
やや:やかましい!で、行ったのは、松江市長江町の朝日山(341m)です。宍道湖岸からかなり狭い道を山へ向かい、突き当たりからは軽登山です。「5丁」と記されたお地蔵さんから登り始めて20分。最後の石段が見えてきます。
朝日寺の参道

 この山は、おなじみ『出雲国風土記』に秋鹿郡の「神名火山」として記されており、すでに奈良時代から神宿る山とされていたようです。また、『出雲国風土記』には、その山の麓に佐太大神の社があると記されており、佐太神社と関わりのある・・・つまり佐太の大神が降りたであろう山です。
 この山の山頂近くにあるのが真言宗朝日寺です。
朝日寺本堂

 現在は、本堂・庫裏と護摩堂、稲荷社、鐘楼など少数の建物を残していますが、参道の石段の途中には、仁王門があったであろう平坦地があり、山頂の周辺にも平坦面が広がっています。かつては、大規模な寺院だったことがわかります。
 お寺の周辺や東西二つのピークをしばし散策。東西のピークからは、南に宍道湖、北には日本海。壮大なロケーションが広がっています。
お松:これでお仲間も満足ですね。
やや:え~、次に。
お松:はぃ?
やや:山を下りて、次に向かったのが、真言宗成相寺です。地図上では、朝日寺と佐太神社のちょうど中間あたりになります。かつては、この寺の近くから朝日山の山頂に向かう参詣道があったらしいのですが・・・。
 このお寺も、本堂の遙か400m手前に仁王門があり、かつては、多くの塔頭が建ち並んでいたことがわかります。この寺には、島根県指定文化財の神像群などが保管されています。・・・画像は県指定のものではありませんが・・・。
成相寺の神像

お松:仏像ではなく神像なんですね。
やや:神様ですね。慶応から明治に出された神仏判然令以前は、神社とお寺はそれほど厳密には分かれておらず、このお寺では、そうした近代の困った歴史をかいくぐって、貴重な神像を現代に伝えていらっしゃいます。
お松:朝日山に関わる二つのお寺をまわったんですね。これでお仲間も・・・。
やや:え~続いて・・・。
お松:はぃ?
多藝神社

やや:続いて、成相寺の裏にある多藝(たき)神社です。神仏分離に際して、一度は廃れたようですが、現在も静かにたたずんでいます。お寺と神社が隣接する様子は、まさに神仏習合。しかも参道は、成相寺の本堂を飛び越えると、成相寺の参道と一直線に続いています。

お松:お仲間も大変ですね。
やや:この後、当然の成り行きで佐太神社にも行き・・・でも遷宮中で覆い屋がかかっていましたが・・・。とにかく、朝日山をほぼ一周して、かつての山寺の広大さを実感してきました。
お松:・・・そりゃ、皆さん、満喫されたでしょうね。
やや:どぅだ!
お松:・・・。

おまけ
佐太神社の消防団・・・狛ワンコ

 佐太神社の引退狛わんこ。引退しても、消防団のお手伝いをしています。今日は放水ホースの片付け!
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  1. 2016/04/29(金) 17:43:25|
  2. 山寺で修行中
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天気が良かったので美保関とかに行ってみた(後編)

お松:別に、前編とか言ってなかったのに後編なんですね。それに、例によって、タイトルが前回とは微妙に違ってます。しかも、山寺カテゴリだし。澄水寺が一段落して、山寺詣では終わったんじゃなかったんですっけ?
やや:暖かくなって、マダニとか心配な要素も増えたので、山寺に登るのは、当分自粛ですわ。
 と言う訳で、美保関の仏谷寺です。
美保関の港

 美保関は中世から近代初頭まで栄えた港町。日本海側では貴重な、冬の季節風の影響をまったく受けない南向きの港です。深い湾の左奥には、昨日紹介した美保神社が、右奥には、臨済宗仏谷寺があります。
仏谷寺

 仏谷寺には重要文化財の薬師如来座像を始め、7体もの大きな仏像が伝えられているのですが、その多くが、平安時代に造られたもの。
お松:つまり、平安時代から重要な港だったって事ですよね。
やや:そりゃそうなんですが、それよりも・・・。現在の仏谷寺は臨済宗なのですが、臨済宗が大きく発展するのは中世頃からです。なので、それ以前の平安時代の仏像を大量に持っているというのは、それ以前の前身寺院があったと言うことです。
お松:ん?
やや:この辺りは、ほとんど資料が無くてわからないのですが、仏谷寺の前身は三明寺と言う密教寺院だと言われ、おそらく真言宗の山林寺院だったのではないかと・・・。
 で、仏谷寺の背後の山に登ってみたのですが・・・。
お松:やっぱり登ってるんじゃないですか?
やや:登ると言っても、遊歩道があって、たいした山ではありません。で、やっぱり、いくつかの平坦面と神社がありました。
背後の山の社

お松:神社って事は、仏谷寺と結びつけても良いのですかねぇ。
やや:微妙なところですが、山林修行的にはOKですね。
 なかなか、すぐに証拠を見つけるのは困難ですが、美保神社と仏谷寺の前身寺院とがセットで在ったというのは、非常に魅力的な考えではあります。
お松:この山寺シリーズのややさんの話を聞くと、中世頃には、そこら中に山寺があったかのような話になってますが・・・。
やや:そこら中に山寺があったんですってば。
お松:昔の人って、山に登るの事は苦にしなかったんですかねぇ?
やや:苦にしなかったと思いますよ。
お松:また、適当な・・・。
やや:いや、むしろお松さんの方が、想像力が欠如しているというか・・・。
お松:はぁ?
やや:例えば、松江に住んでいた人が美保関に行くにはどこを通っていたでしょう?
お松:ん?今は、海岸線を通る道路を車でビュワ~ンって・・・。でも、あの道は狭くて曲がりくねった・・・。
やや:だから、海岸線の道は近世以前には無くって・・・。
お松:え?じゃぁ、船ですか?
やや:船が便利なのは言うまでもなく。明治の頃に小泉八雲も船で行きました。船でなければ、尾根筋近くの道を歩きます。
お松:山の上の道ですか?
やや:海岸線は、波に洗われて、しょっちゅう崩れて危険です。なので、道は山の上を通っています。なので、山寺と言っても、意外にちょっと上の方と言う程度にあるものもあった訳です。
お松:そっかぁ・・・。
やや:現代では当たり前でも近世以前に無いもの。いろいろありますが、想像できますか?
お松:おそれいりました。

おまけ
稲荷社の狛ワンコと狛狐と狛ニャンコ

稲荷社にいた狛ワンコと狛狐と狛ニャンコ
お松:問題です。この中から適切でないものを選べ。
やや:う~ん・・・狛ワンコかな?
  1. 2016/04/17(日) 16:55:06|
  2. 山寺で修行中
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天気が良いので美保関に行ってみた

 島根半島の東の先っぽ、美保関にある美保神社は、オオクニヌシの御后神であるミホツヒメノミコトとコトシロヌシノカミが御祭神とされています。なので、社殿は二つの大社造りの建物を並べて繋いだ独特の形となっています。
美保神社拝殿

 コトシロヌシは後にエビス様と同一視されるようになり、現在では、美保神社の御祭神と言えばエビス様だと思っている人が多いようですが・・・。『古事記』では、高天原から使わされたタケミカヅチが、オオクニヌシニ国譲りを迫ったとき、オオクニヌシは、「我が子、コトシロヌシに聞いてくれ」と受け流すのですが・・・。それを受けて、アメノトリフネがコトシロヌシの意見を聞きに行った時、コトシロヌシは、御大の前(みほのさき)で釣りをしていたんだとか・・・そんな釣りを楽しむ姿が、釣り竿と鯛を抱いてえびす顔のエビスさまと同一視されるようになったんじゃないかと思うのですが・・・まぁ、エビス様です。
美保神社の本殿1

 一方、『出雲国風土記』では、「御穂須々美(ミホススミ)命が鎮座しているので美保と言う」と記され、エビスはもちろんコトシロヌシさえ記されていません。
 美保神社では、「国譲り神話」にちなんだ神事が有名ですが、少なくとも、風土記に時代にはそのような神社ではなかったようです。
美保神社の本殿2

お松:美保関と言えば、小さい頃に関の五本松公園に行った記憶があります。美保関の港を見下ろす山の上に行くのに、とってもスリリングな感じの観光リフトに乗せられたのを覚えています。
やや:これですね。
関の五本松公園の観光リフトのりば

お松:う・・・。休業中って書いてあるようですね。
やや:とても再開しそうな気がしませんが、休業中のようです。関の五本松は、すでにすべて枯れてしまって、公園だけが残っています。公園からは、こんな感じ。
関の五本松公園から見た大山

お松:お~大山のどアップ!客船が通過中?
やや:この船は、境港と韓国の釜山、ロシアのウラジオストクを結ぶ定期フェリーですね。この海が、海外に繋がっていることを感じる瞬間です。

おまけ
関の五本松公園の怪獣の爪

お松:な、なんか、怪獣の爪が?
やや:公園には平和記念塔という施設があるのですが、そこに乗せられていたオブジェ?しゃちほこ?壊れて落ちたようです。
お松:怪獣じゃないんですね
やや:おそらく・・・。
  1. 2016/04/16(土) 18:43:28|
  2. 神話の足跡探し
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巌倉寺へ行ってみた

 すっかり葉桜になって、暖かいと言うよりも、日中は暑いほどになってきました。そんな陽気に誘われて、ふらっと安来市広瀬町へ・・・。
 巌倉寺は、飯梨川を見下ろす斜面に建つ真言宗のお寺です。このところ、頻繁に登っていた澄水寺は、出雲三十三ヵ所観音巡礼の第二十五番札所でしたが、この巌倉寺は第十八番の札所です。境内は、かつての山寺を彷彿させる急斜面に建っており、お城のような石垣も立派です。
巌倉寺の石垣

お松:広瀬と言えば、足立美術館。それと、月山富田城!
やや:月山富田城は、戦国時代の尼子氏の居城。その富田城の登り口近くに巌倉寺があるのですが、寺伝によれば、元は月山の山中にあった寺が、現在地に移されたのだとか。
巌倉寺の参道と仁王門

お松:どこかの札所もそうでしたが、山寺って、時々、移されるんですね。
やや:もしかしたら、富田城の築城に際して移されたのかもしれませんが・・・。
 ここも、澄水寺などの山寺と同様に、月山の山中から飯梨川近くまで、山の広~い範囲に多くの僧坊群が展開していたことでしょう。なので、巌倉寺そのものが移転したと言う事ではなく、ある時に、山中の本堂に置かれていたご本尊を、飯梨川近くの僧坊の一つに移し、そちらを本堂とした。山中の本堂跡は廃寺となったと言うことだろうと思います。
巌倉寺の本堂前

お松:なるほど。・・・って言うか、今日は「思う」とか、推定ばっかりですねぇ。
やや:う・・・。実は、あんまり調べがついてなくって・・・。
 ところで、境内には、第十九番札所の観音寺もあります。
お松:あ、あれ、一ヵ所で二つの札所があるんですか?なんてお得な?
やや:ここも昭和20年代にこの場所に移されたとのことです。移された建物は元は大師堂だったとか。で、移される前の観音寺は、東へ一山越えた上吉田町にあったようです。
お松:昭和20年代というと、ずいぶんと現代に近い話で・・・。
やや:最近でも、檀家の減少や後継者不足から、維持できなくなってきているお寺が問題になったりしていますが、残念ながら、歴史的にも、時々そういったことが起こっていたようですね。

おまけ
稲荷社の前の狛ワンコです。
巌倉寺の狛ワンコ

お松:あ、あれ?稲荷の前に狛ワンコ?
やや:じゃぁ、
巌倉寺の狛キツネ

稲荷の前の狛キツネ。
お松:じゃ、じゃぁって・・・。い、いたんですね。
  1. 2016/04/10(日) 18:01:00|
  2. 山寺で修行中
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久しぶりに、波乗りウサギに会ってきた

 満開の桜。でも、今夜から雨予報。と言う訳で、松江市島根町のチェリーロードをドライブしてきました。そのチェリーロードの入り口と言うか、加賀の潜戸方面へ向かう旧道の入り口には、客神社があります。この谷奥の小さな神社は『出雲国風土記』の記載には見えませんが、波乗りウサギの灯籠が二対置かれています。拝殿に近い小ぶりの灯籠は大正5(1916)年と彫られていますので、波乗りウサギとしてはかなり古い灯籠です。一方、鳥居に近い大きめの灯籠には昭和15(1940)年の波乗りウサギが・・・。
 基本的には同じモチーフですが、並べてみると・・・
 大正5年製の拝殿に向かって左手の波乗りウサギ。
波乗りウサギA

 同じく昭和15年製の波乗りウサギ。
波実りウサギD

 反対側に置かれた大正5年製の波乗りウサギ。
波乗りウサギB

 同じく昭和15年製の波乗りウサギ。
波乗りウサギC

お松:う~ん、よく似てますが、なんか雰囲気が・・・。
やや:体を彫ったラインの丸みが違いますよね。それに波のくだける感じはずいぶん違った表現になってて・・・。
お松:なるほど。確かに、波しぶきは違うようですね。
 で、それがどうしたんですか?
やや:・・・。
お松:で、それがどうしたっつ~の?
やや:・・・。
お松:ところで、チェリーロードにドライブに行ったのに、桜の画像は?チェリーロードの画像は無いんですが?
やや:花は見るもの。以上終わり。
お松:ホントーに無いんですか?桜。
やや:無い。無いものは無い。

おまけ
客神社の親子狛ワンコの子ワンコ
客神社の狛ワンコの子ワンコ

ねぇねぇ、あそぼ?あそぼ?
  1. 2016/04/03(日) 17:03:34|
  2. 波乗りウサギに会ってきた
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星上寺の仁王門で・・・

 松江市街地を見下ろす星上山スターパーク近くにある星上寺は、現在は山頂近くの無住のお寺です。で、昨年に登ったついでに行くべきだったのに行けなかった(行かなかった)仁王門を見てきました。このお寺も中世には、全山に点々と僧坊群が展開していたはずで、その名残が、麓にあるこの仁王門です。
星上山の仁王門

 山上の伽藍には、車で近づくこともできますが、本来は、ここから小一時間かけて山道を登る訳です。この仁王門、茅葺き屋根がステキな松江市指定文化財ですが、修理されすぎと言うか、周辺の道路建設の影響もあって、すこしかわいそうな環境に建っていますね。でも、この先の登山道(参道)は、良い雰囲気です。
星上山参道の不動明王様

お松:朝から晴天。桜は満開だというのに、変な小理屈をひねくりまわしてソメイヨシノが大嫌いなややさんは星上山へ逃亡?
やや:ソメイヨシノは、まぁ、その話はいいとして・・・。とにかく、松江市中心部は、満開の桜の下のお城祭りと、「松江武者行列」とか言うイベントで、ごった返しています。人混みが大嫌いなので市街地脱出です。
星上山参道の六地蔵のみなさん

お松:イベントよりもずいぶん前の時間帯に県立図書館へ行きましたよね?城山界隈の桜も見てきたんでしょう?
やや:もちろん、桜は満開でしたが、ちょっと気分が悪いっつ~か・・・。一部の撮り鉄のマナー違反が時々話題になっていますが、一部撮り鉄だけじゃない!日本全国にわかカメラマンだらけで、どれほどすんごいお写真を撮られているのか存じませんが、早くからの露骨な場所取りとか・・・。チャリで走っていると、自転車レーンにどーんと三脚を広げておられてびっくりぽん!城山のお堀で行われた先週のイベントでもカメラマンから「じゃまだ、どけ~!」って、怒号が飛んでいたんだとか・・・。一部撮り鉄のせいで他の撮り鉄もおかしな目で見られたりすることがあったりしますが、そのうち、一眼レフを持っているだけで迷惑がられるようになるんじゃないかと・・・。やっぱ、人混みは嫌いだ。
お松:・・・。
やや:・・・。
お松:そ・それで、山寺へ?
やや:山寺では、誰にも会うことなく・・・。
お松:ま、昨今のマナー違反を心配しているという事で・・・。
  1. 2016/04/02(土) 17:13:04|
  2. お松との会話
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やや

Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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