木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

摩尼寺(まにでら)へ行ってみた

 梅雨も明けたので、前々から一度行きたかった摩尼寺へ行ってみました。摩尼寺は鳥取市、鳥取砂丘のちょい先の山中にある天台宗の古刹です。目的は、その背後の山中にある奥の院。以前、鳥取環境大学が発掘調査し、掛造のお堂があったはずとされているところです。
お松:なんだか、このところ鳥取が続いていますが、この夏のテーマは鳥取制覇?そう言えば、去年も三徳山とか大山とか、夏になると鳥取攻め?
やや:鳥取攻め?ってなんだよ。たまたまだってば。
 さて、
 摩尼寺は、平安時代の創建と言われ、寺伝では、帝釈天が降り立ったのを契機に伽藍が整備されたことになっています。大山寺や三徳山三佛寺とならぶ、鳥取方面の天台宗の一大拠点でした。おそらく中世には全山に僧坊が展開していたはずですが、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の鳥取攻めで焼き討ちに遭って荒廃。よって、現在でも摩尼寺に古い文化財は多くはありません。
お松:先日の不動院岩谷堂もそうですが、秀吉の鳥取攻めによる被害は大変なものだったのですね。
やや:備中高松城の水攻めなどがよく知られていますが、羽柴秀吉と黒田官兵衛の戦術は、時間をかけて、周囲を徹底的に破壊し尽くすと言う事だったみたいですね(←お松:この二人、きらいなんですね?)。
 で、その後、江戸時代に入ってから、鳥取藩主池田家によって、現在の伽藍の元が整備されたのだそうです。
摩尼寺の仁王門

お松:これはまた、立派な仁王門。
やや:寺伝では、戦国時代・・・秀吉の鳥取攻めの後に隠岐諸島西の島の焼火(たくひ)神社から移築されたとされていますが、建築史からは、も少し後の江戸中期と考えられているようです。特徴は、重層部(2階の部分)の柱間が偶数。普通は、奇数間で、真ん中に柱を立てません。
 急な石段の両側には、倒壊した灯籠がそのままになっていますが、これは、昭和18年の鳥取地震によるもの。鳥取地震の被害を現在に伝えるために、そのままにされています。
 さて、如来堂の背後から、いよいよ山登りです。
 登ることしばし。山中には、所々に石仏が安置され、33ヵ所札所巡礼ができるようになっているほか、一丁地蔵もあります。
摩尼寺の一丁地蔵

お松:しかし、これが、かわいい・・・。
やや:一丁地蔵が案内する先は、おそらく山頂近くの通称「立岩」なのでしょうが、その他にも、山中には広い平坦面があり、かつてはお堂が建っていたことが判ります。
山中の平坦面

 さらに歩くことしばし・・・。
 で、立岩です。その昔、この上に帝釈天が降り立ったのだとか・・・。降り立ったかどうかはともかく、いかにも信仰の対象になりそうな立派な岩です。
帝釈天が降り立った?立岩

お松:毎回、思うことですが、古代の人々は、この岩に何を見たんでしょうね?
やや:で、せっかく登ったのに、その後は急な下り。下ると、帰りは、また登らなくちゃなんない・・・。と、うんざりしながらそれでも行くと、目的地、奥の院です。
奥の院

 急な崖下に広い平坦面。かつて、この場所に、大きなお堂があったはずです。で、ふり返れば巨石と岩陰。
奥の院の巨石

お松:ここで、神聖な気分になることは、画像からも判りますよね。現地では、もっとスピリチュアルなパワーを感じたことでしょう?
やや:さすがに足がパンパンで、帰りが思いやられるぐらいですかねぇ(←お松:もぉ!)。
 この山、滝がありませんでしたが、大きな山なので、水の確保も何とかなったんじゃないかと思います。山林修行には十分な山だと。でも、登っている最中にも、時折、車の音が聞こえるくらい・・・。下界からとんでもなく遠くではなく、程よい場所だったように思います。

お松:ところで、「前々から、一度行きたかった」って始まる山寺詣が、度々あるようですが?
やや:ギク?
お松:あと、どこと、どこと、どこに行くつもりですか?
やや:あ、あれ?
お松:え~ぃ、キリキリ白状せい!
やや:ひえ~、お代官様ぁお許しを~。
お松:え~ぃ、白状せんかぁ!

おまけ
やや:昨今、熊による被害が問題となっていますが・・・。
くまモン

お松:鳥取市でも出るんですね。
やや:ある意味、熊の領域に近づいていく訳なので、もちろん、それは気をつけなければならないのですが・・・くまモンは違うだろ、くまモンは・・・。
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  1. 2016/07/24(日) 21:21:19|
  2. 山寺で修行中
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華蔵寺・夏模様

 ようやく梅雨が明け、夏真っ盛りの山陰地方です。この時期、中海に浮かぶ夏らしい大山の写真が撮りたくって、枕木山の華蔵寺に行くのですが・・・

枕木山から見た中海、そして大山は見えず・・・
本日もイマイチ・・・
 イマイチどころか、霞んで大山見えないし。
 本当は、入道雲モクモクをバックに、しゃきっと大山!できれば、無風で波0の中海に入道雲が映り込むような風景を撮りたいなぁって思ってるんですが・・・また、次回。
 そういう訳で、華蔵寺の夏模様です。

薬師堂前の苔
 薬師堂の前の苔。

本堂の前の手水鉢のひしゃく
 本堂の前の手水鉢のひしゃく。

地蔵堂の前の杖
 地蔵堂の前の杖。
お松:こう言う写真も撮れるんですね。
やや:な・なんですと~?

不動明王様
 そして不動明王様
お松:しかも、ドアップ!
  1. 2016/07/23(土) 16:49:55|
  2. お庭でひとりごと
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岩谷堂に行ってみた

 梅雨はいったいいつになったら明けるんでしょう。晴れちゃぁいますが、イマイチはっきりしない空・・・。
 さて
 そんな先週のこと。ぽっかり空いた時間。以前から行きたかった所へ、行っちゃおうかな。どうしようかな。え~い行っちゃえ!と言う訳で、勢い余って行ってきたのが、こちら。不動院岩谷堂です。
不動院岩谷堂

お松:お~。なんだか立派なお堂ですね。でも、聴いたことが無いような気がしますが、どこにあるんですか?
やや:若桜です。
お松:ワカサって?
やや:鳥取県の若桜町です。もうしばらく行くと兵庫県に近いところです。
お松:それはまた、ずいぶんと勢いが余っちゃった感じが・・・。その帰り寄ったのが白兎海岸だったんですね。
やや:鳥取県八頭郡若桜町にある不動院岩谷堂は真言宗の仏堂で、重要文化財に指定されています。大きくくぼんだ岩陰の内部に建てられた懸造(かけづくり)のお堂です。岩屋堂地区に伝わる「書上帳」によれば、大同元(806)年に創建された妙高山神光寺の一部とされ、妙高山神光寺は、中世には大変繁栄していたようですが、天正九(1581)年、羽柴秀吉の因幡侵攻によって伽藍の多くが焼失。この岩谷堂不動院だけが焼け残ったとされています。地元では、鎌倉時代初期(13世紀頃か?)に、源頼朝によって再建されたと伝わっていますが、その建築の特徴から南北朝期(14世紀)頃の建立ではないか、と考えられています。
 堂内には須弥壇があり、不動院ですので、不動明王が祀られているはずです。
不動院の建物

お松:こんな感じの建物って、去年、大騒ぎして、ガンダーラとかを歌いながら行った三徳山三佛寺に似ていますね。
やや:岩陰にある点も共通ですね。急斜面に引っかけるようにして長い柱を伸ばして造る建物を懸造と呼びます。最も有名なのは京都の清水寺。いわゆる清水の舞台ですね。江戸時代以降は様々な用途に使われますが、古いのは、やはり天台・真言宗の山寺。つまり山林修行の場に建てられるようです。近隣では、鰐淵寺の蔵王堂とか。
お松:浮浪の瀧の奥にある建物ですね。三徳山と言い、鰐淵寺と言い、結構険しい所にあって。このお堂もすごいところにあるのですか?
やや:そ、それがまた・・・。もちろん、トレッキングシューズとかを用意していったのですが・・・。
不動院岩谷堂の全景

お松:なんと?
やや:道端にありました!(←お松:あら?)近くに駐車場もあって。楽勝でした。
お松:・・・まぁ、それは良かったですね。
  1. 2016/07/17(日) 16:41:26|
  2. 山寺で修行中
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波乗りウサギはいなかったけど、白兎神社に行ってみた

 梅雨真っ盛りの山陰地方なので、山はあきらめて・・・でも、意外にも天気は回復。どっかに・・・。
 と言う訳で、勢い余って鳥取まで行ってきました(←お松:どんだけ余ったんですか?)。何しに行ったかは、また次回と言う事で、帰りに寄ったのがここ。白兎海岸です。
白兎海岸の於岐の島

お松:お?因幡のシロウサギの本拠地?
やや:『古事記』の「因幡の素兎」は、「於岐の島」に住んでいたウサギと大国主命となる前のオオナムヂの話です。「於岐の島」は、出雲から60kmほど沖合に浮かぶ隠岐諸島のこと考えるのが一般的ですが、実は、この白兎海岸の西側にあるのが「於岐の島」と呼ばれていまして・・・。
お松:なんか、がんばれば行けなくもなさそうな距離感。ここに並べたとしたらワニザメの仲間もたいした数ではなさそうな・・・。?
白兎神社の扁額

やや:この小さな島にいたウサギの数なら、ワニザメの方が多そうですね。
 とにかく、そこに白兎神社が鎮座しています。白兎神社の境内には、塩水ではなく真水で身を清めたとされる池とかもあり、蒲は生えていませんでしたが、「イナバのシロウサギ」を彷彿させるロケーションが保たれています。
池

お松:もぉ。また、ぶちこわしにするような。ここがイナバのシロウサギの話の元になった場所ではないんですか?
やや:おそらく、因幡の素兎の話を知って、話に合わせて整備されたのだと思うのですが、モチーフとなった話がこの近辺に在ったかどうかまでは否定しません。
白兎神社本殿

お松:ややさんのつまんない話とは無関係に、多くの参拝者が訪れています。
やや:そもそも「因幡の素兎」は、疱瘡など皮膚病の回復を願う信仰です。皮を剥がされた赤裸のウサギがどうこうではなく、シロウサギのような美しい皮膚の回復を願う信仰です。だから、於岐の島とかどこだってかまわない、と言うか・・・。
お松:だ~、もぅ。また、つまんない話にしやがって!
やや:それはともかく、この於岐の島。ウサギに見えませんか?
白兎海岸の於岐の島

お松:ん?
 ・・・あ?しっぽ?耳をたたんで・・
 ウサギに見えてきた?
う、ウサギだぁ!
  1. 2016/07/09(土) 21:08:16|
  2. 波乗りウサギに会ってきた
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赤猪岩(あかいいわ)神社に行ってみた

 梅雨真っ盛りの山陰地方です。今朝の雨のため、本日の予定がキャンセルになったので、ちょこっとドライブ。鳥取県南部町の赤猪岩神社に行ってきました。赤猪岩神社の御祭神は大国主(オオクニヌシ)命とされていますが、つまりオオナムヂの試練にまつわる神社です。
お松:ちょっと待った~!
 例によって神話の話ですよね。ややさんにとってはどんなに常識的でも、普通の人には判りません。順を追って神話の話からしてください。
やや:・・・。
 『古事記』のお話でございます。
赤猪岩神社

 一般にはオオクニヌシですが、この神様、いろいろな名前をお持ちでして。若い頃はオオナムヂと言うのが普通だと思うのですが、そのオオナムヂ、八十神(ヤソガミ:オオナムヂの兄弟神)と共に、因幡のヤガミヒメに求婚するために旅しておりました。で、ジャンケンに負けたのか、八十神たちの荷物まで持たされて、一人遅れたところで、因幡の素兎(シロウサギ)を心ならずも助ける羽目になります。で、助けられたにもかかわらず、因幡の素兎は「ヤガミヒメと結ばれるのはおまえじゃぁ~!」と、偉そうに言い放ち・・・。
お松:なんか、いちいち引っかかる言い方ですね。因幡の素兎に恨みでも?
やや:この話、なんか気に入らなくって・・・。
 で、オオナムヂはヤガミヒメと結ばれるのですが、その事で振られた八十神の恨みを買い、執拗かつ陰湿に狙われる事になります。そんなんだから、ヤカミヒメに嫌われるんじゃないと思いますが、とにかく、そのせいで、オオナムヂは二度ほど殺されるんです。終わり。
赤猪岩神社本殿

お松:お・終わるなぁ!それに、普通は2度は殺されません。
やや:ちょっと面倒くさくなってきて・・・。
 で、八十神たちは、伯耆国の手間の山で、「山から赤イノシシを追い出すから、下で抱きかかえて捕まえろ」と、オオナムヂに言っておいて、巨大な焼け石を落とします。お人好しのオオナムヂは何の疑いもなく、焼け石に飛びつき、大やけどをして死んでしまいました。お・・・。
お松:まさか、終わるつもりじゃ。
やや:ギク・・・。
 そ・それを、悲しんだ母神は、神産巣日(カミムスヒ)命に頼み、蚶貝比売(キサガイヒメ:アカガイの女神)と蛤貝比売(ウムギヒメ:ハマグリの女神)を呼び、貝殻の粉とハマグリの出汁を練ったものを亡骸に塗ると、なんと麗しい男としてよみがえったとさ。
お松:貝殻の粉とハマグリの出汁?
やや:アカガイの女神にハマグリの女神です。古代のおおらかな神話ですので、エッチな話を象徴的に書かれているんだと思います。そもそも『古事記』にはしょっちゅう「うんこ」とか出てきますし・・・。
お松:・・・まぁ、天の岩戸のストリップとかもありますものね。
やや:復活したオオナムヂですが、その後、性懲りもなく八十神に騙されて、山へ連れて行かれ、何の反省も無く木に挟まれて殺されます。そういう訳で、2度ほど死んで、やっと気付いて、このまま八十神につきあってると殺されると思い(←お松:いや、もう2度ほど・・・)、根の国(死者の国?)のスサノオの所へ逃げ延びます。で、そこでさらに3度ほど殺されかけて・・・つまり試練を克服してついにオオクニヌシとなる訳です。実際には、周囲の人々(神々)の超人(神)的な努力によって、本人はほとんど何もしないうちに試練を克服しているのですが・・・。う~ん、私もそうありたい。
お松:あの~?
やや:八十神がイノシシと偽って巨大な焼け石を落としたのが伯耆国の手間の山、つまり鳥取県南部町あたりとされていて、その焼け石がこの下にあるのだそうです。
赤猪岩神社の岩

お松:この下に焼け石があるんですか?
やや:無いとは思いますが。とにかく、二度と出てこないよう、厳重に蓋をして、玉垣を巡らし、注連縄を張って保護している、とされています。
お松:オオクニヌシは出雲の神話だと思っていましたが、因幡や伯耆?鳥取県側の神話もたくさん含まれているんですね。
やや:ちなみに、その次のストーリーなんですが・・・。オオクニヌシは、スサノオんちでスセリビメをゲットして正妻とします。そこに身重のヤガミヒメが訪ねて来て、でも、嫉妬深いので有名なスセリビメに遠慮して、子どもだけを置いて帰っちゃうと言うドロドロの昼ドラになっちゃいます。
お松:あ~、そうでしたね。ゲスめぇ・・・。
神木の根

やや:とってもおおらかな神話のお話でした。
  1. 2016/07/03(日) 16:15:32|
  2. 神話の足跡探し
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やや

Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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