木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

しつこいようですが、またまた清水山に行ってみた

お松:本当に、しつこいですねぇ。
やや:天気が良かったもので・・・。
 え~、清水山に、また行ってきました。清水山は安来市。出雲東部を代表する天台宗の古刹、清水寺のあるお山です。現在の参道は、北西側からが一般的ですが、戦前までは東側の門生から登るのが表参道で、駅まであったとか、そんな話をしてきましたが・・・。
お松:まだ、続きがあるんですね。
やや:実際に歩いてみました。
お松:え?
やや:歩いてみました。
 と、言っても門生側に車を置きっぱにできる都合の良い場所もないので、清水寺の一般的な参道を上がって、仁王門を過ぎて、そこから一旦、門生方面に降りて・・・。で、昨日、紹介した清水広瀬街道に出ます。江戸時代に広瀬藩主が参勤交代した道です。それを少し引き返すように登ると、清水峠です。
清水峠

 参勤交代路ですので、峠と言っても比較的なだらかに切り通されています。
 で、その先を、清水山とは反対側に登ってみます。
嵩神社の鳥居

 で、今日の目的地、嵩神社です。清水山の南に隣接する山の山頂近くにある小さなお社ですが、車で近づけない山中にあるとは思えないほど広い境内に社殿が建っています。
嵩神社本殿

 御本殿の後ろ側の崖の上にあるのが、この神社のご神体である岩。
嵩神社の岩

 プチ巨石ブーム的には、プチの名にふさわしい小ささですが、人によってはスピリチュアルななんだかを感じる方もいらっしゃるそうです。
お松:当然のように、何も感じないややさんでした。
やや:とにかく、江戸時代までの幹線道路である清水広瀬街道を挟んで、北に清水寺、南に嵩神社があり、周囲が信仰の場であることがよく分かりました。

おまけ
 近年に御遷宮になったピカピカの嵩神社本殿で、かくれんぼの最中の先代ミニ狛ワンコさんたち。
先代ミニ狛ワンコ

お松:なんだか、かわいいですね。

もひとつおまけ
嵩神社の狛ワンコ

 ひとり山中をさまようややさんをあきれて見る現役狛ワンコさん
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  1. 2016/12/18(日) 18:37:34|
  2. 山寺で修行中
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清水山に行ってみたの・・・まだ続き

お松:こにゃにゃちわ~!
 たいしたネタでもないのに、まだ続いている「清水山に行ってみた」です。
 前回までのお話をおおざっぱに要約すると、ややさんが最近はまっている山寺に関連して、すでに高速道路になってしまった遺跡の場所を見に行ったんですが、それが、なんと安来市清水寺がある清水山の山頂!真っ正面に大山が見えるロケーションなのに、見に行ったのは高速道路!
 ・・・で、そっから話が飛躍して、清水寺の表参道は、現在はほとんど使われなくなった東側からだった事。さらにその先に、現在では存在しない山陰本線の駅があった事!・・・てな話でしたね。
やや:昭和10年の時刻表で「おおはいごん」でしたね。
お松:またそう言う事を・・・。「おおはいごん」は、出雲弁で「大騒ぎ」と言う意味です。
やや:古代出雲に生息した怪獣の名前ではありません。
お松:・・・。

やや:さて、前回紹介した駅・・・清水寺仮停車場があった場所には「清水道」の道標が建っていましたが、ここには「広瀬清水街道」が通っていました。江戸時代の出雲地方は、堀尾家から京極家を経て松江藩主松平家が治めていましたが、寛文六(1666)年に広瀬藩と母里藩が分かれています。母里藩は1万石の小藩だっため定府・・・つまり江戸住まいだったのですが、広瀬藩は参勤交代が義務付けられていました。このため、参勤交代路として清水峠越えの広瀬清水街道が整備されています。その沿道に接する清水寺への参道も、清水峠から登る道が表参道となったようです。
 で、山陰本線の清水寺仮停車場があった付近から山陰本線を越えると、反対側には六地蔵のある古い墓所があります。墓石の銘を見ると、江戸時代から続く墓所のようし、それよりも古そうな五輪塔の傘が重ねて置かれていますね。
門生の六地蔵

 六地蔵の左のひときわでっかい墓石は、文化四(1808)年の碇綱(いかりづな)久之助さんのものです。碇綱と言うすんごいお名前は、おそらくお相撲さんだったようですね。
お松:お相撲さんのお墓ぁ?
やや:江戸時代の松江藩は、お相撲が大好きだったようで、多くの力士を抱えています。この方も、そんな一人だったのではないのでしょうか?よく知りませんが・・・。
門生神社

 墓所のお隣には、門生神社。眼前には広瀬清水街道が通っています。門生神社自体は小さな小さな神社ですが、かつては広瀬藩の参勤交代や清水寺へ向かう多くの参詣者で賑わったことでしょう。旧国鉄が臨時停車するぐらいに・・・。
  1. 2016/12/17(土) 21:58:09|
  2. 山寺で修行中
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清水山に行ってみたの続き

 安来市にある天台宗の古刹、清水寺の参道が、現在一般的に使われている参道とは別に、北東の門生(かどう)集落から続いていたことは、前回の記事の通りですが、その門生には、清水寺に向かう「清水道」の石碑が残っています。
門生にある「清水道」の石碑

 写真の石碑は、国道9号線と山陰本線の間に残る石碑です。この前の小道は、現在は、山陰本線によってぶった切られていますが、その先は、市道が谷奥に向けて続き、清水寺の仁王門に続いています。
 で、何でわざわざ国道9号線沿いの石碑を撮ってきたかというと、この場所には、駅があったらしいからです。
昭和10年の時刻表添付の路線図のアップ

 画像は、昭和10年の時刻表に添付されていた国鉄の路線図なのですが、画面の右の方、米子と安来の間に「清水寺」の文字が!
 安来の駅は○で表現されていますが、清水寺は△ですので、正式には駅ではなく仮停車場というのだそうです。参拝客の多い時期に臨時停車をする駅だったようで、大正4年に設けられました。門生が清水寺への表玄関だった事を証明するデータですが、安来町からの県道が拡幅され、近くまでバスが通うようになると、この駅の利用者は次第に減少し・・・。大正4年から昭和39年までのわずか49年間だけ存在した駅だったようです。
お松:てなことを図書館まで行って調べていた訳ですね。ホントに山寺オタク。
やや:路線図には駅名表示があるんですが、時刻表本文には、清水寺駅は載っていませんでした。なので、どれほどの列車が止まったのかわかりませんが・・・。
お松:昭和10年だと、当然、蒸気機関車ですよね。どれくらいの本数が走っていたんですか?
やや:松江駅だと1日10往復。この内、1往復が大社と大阪を結ぶ急行だったようです。残りの9往復は各駅停車。
お松:のんびりした時代だったんですねぇ。
  1. 2016/12/11(日) 18:07:35|
  2. 山寺で修行中
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清水山に行ってみた

 最近は、安来市の山寺にはまり気味です。特に気になっているのが、清水寺とその周辺の遺跡です。
 安来市の清水寺は、島根県を代表する天台宗の古刹のひとつ。山陰で唯一の三重塔があるお寺です。標高172mの清水山の山中に多くの堂塔を建ち並べ、往事の賑わいを現代に伝えています。
 その創建は、寺伝では古代に遡り、また、平安時代初め頃と言われる十一面観音菩薩像を伝えるなど、非常に古くから続くお寺であることは確実なのですが、ほとんど文献に見えません。戦国時代には尼子氏と毛利氏の合戦に巻き込まれ、本堂のみを残してすべての堂塔が燃え落ちたと言われ、そのために記録が残されていないのでしょう。
 ところで、現在の清水寺は、安来町方面から伯太川沿いに続く県道が整備され、北西側から参拝するのが一般的ですが、お寺の正門である仁王門は反対側の東側に建てられています。
清水寺仁王門

 実は、現在はほとんど使われていませんが、北東側の門生(かどお)集落や清水峠方面から登る参道が、本来の表参道で、そのために仁王門は東側にあるのです。
 仁王門に架けられた巨大なわらじも、門生集落の人々によって寄進されたものなのだそうです。
仁王門の巨大なわらじ

 と、言いつつ、そのあたりを素通りして・・・目的地は清水山の山頂。
 天気は快晴。で、目的のものがはっきりと見ることができました。
清水山から見た大山と安来道路

お松:お~!大山ですね。安来市の清水寺から見ると、大山は目の前。さすがによく見えますね。
やや:いや、大山じゃなくて、目的はその下の高速道路です。
お松:は?高速道路?はぁ?わざわざ高速道路を見に行ったんですか?
やや:その高速道路を建設する際の発掘調査で、山寺だった可能性がある遺跡が見つかってて、それが、清水山からどう見えるかを確認しに行ったと・・・。
お松:・・・マニアというか、オタクというか・・・。
やや:非常によくわかりましたぁ!
お松:・・・。
  1. 2016/12/06(火) 19:50:42|
  2. 山寺で修行中
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黄泉比良坂

 松江市東出雲町の黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)です。
黄泉比良坂

 え~、仕事が超忙しいうえに、家族が入院したりして、公私多忙に付き更新もままなりません。忙しくて更新できないと言うよりも、そんな気になれないと言うのが正直なところか・・・。そうは言っても・・・気分転換にムリヤリ更新です。
黄泉比良坂の注連縄

 『古事記』に記されるイザナミ・イザナキの物語の最後。亡くなった妻を現世に連れ戻そうと黄泉国に行ったイザナギは、見てはいけないと言われたものを見てしまい、黄泉醜女(ヨモツシコメ)とか、イザナキとかに追われてしまいます。イザナミは、やっとたどり着いたあっちとこっちの境、黄泉比良坂を巨石で塞ぐのですが、その黄泉比良坂がここだと言われています。
 この話は、何度もしていますので、今日の所はこのあたりで・・・。
お松:ホントーにやっつけですね。
やや:ま、とりあえず、とりあえず。次回はまともにやります。

おまけ
 時々ネットで話題になる踏切ですが・・・。
渡らない方が良いかもしれない踏切

お松:あ~!渡ってはいけない気がする踏切!
やや:撮影中に2台ほど、車が渡っていきましたが?
  1. 2016/12/03(土) 15:25:06|
  2. プチ巨石ブーム
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プロフィール

やや

Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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