木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

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清水山に行ってみたの・・・まだ続き

お松:こにゃにゃちわ~!
 たいしたネタでもないのに、まだ続いている「清水山に行ってみた」です。
 前回までのお話をおおざっぱに要約すると、ややさんが最近はまっている山寺に関連して、すでに高速道路になってしまった遺跡の場所を見に行ったんですが、それが、なんと安来市清水寺がある清水山の山頂!真っ正面に大山が見えるロケーションなのに、見に行ったのは高速道路!
 ・・・で、そっから話が飛躍して、清水寺の表参道は、現在はほとんど使われなくなった東側からだった事。さらにその先に、現在では存在しない山陰本線の駅があった事!・・・てな話でしたね。
やや:昭和10年の時刻表で「おおはいごん」でしたね。
お松:またそう言う事を・・・。「おおはいごん」は、出雲弁で「大騒ぎ」と言う意味です。
やや:古代出雲に生息した怪獣の名前ではありません。
お松:・・・。

やや:さて、前回紹介した駅・・・清水寺仮停車場があった場所には「清水道」の道標が建っていましたが、ここには「広瀬清水街道」が通っていました。江戸時代の出雲地方は、堀尾家から京極家を経て松江藩主松平家が治めていましたが、寛文六(1666)年に広瀬藩と母里藩が分かれています。母里藩は1万石の小藩だっため定府・・・つまり江戸住まいだったのですが、広瀬藩は参勤交代が義務付けられていました。このため、参勤交代路として清水峠越えの広瀬清水街道が整備されています。その沿道に接する清水寺への参道も、清水峠から登る道が表参道となったようです。
 で、山陰本線の清水寺仮停車場があった付近から山陰本線を越えると、反対側には六地蔵のある古い墓所があります。墓石の銘を見ると、江戸時代から続く墓所のようし、それよりも古そうな五輪塔の傘が重ねて置かれていますね。
門生の六地蔵

 六地蔵の左のひときわでっかい墓石は、文化四(1808)年の碇綱(いかりづな)久之助さんのものです。碇綱と言うすんごいお名前は、おそらくお相撲さんだったようですね。
お松:お相撲さんのお墓ぁ?
やや:江戸時代の松江藩は、お相撲が大好きだったようで、多くの力士を抱えています。この方も、そんな一人だったのではないのでしょうか?よく知りませんが・・・。
門生神社

 墓所のお隣には、門生神社。眼前には広瀬清水街道が通っています。門生神社自体は小さな小さな神社ですが、かつては広瀬藩の参勤交代や清水寺へ向かう多くの参詣者で賑わったことでしょう。旧国鉄が臨時停車するぐらいに・・・。
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  1. 2016/12/17(土) 21:58:09|
  2. 山寺で修行中
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 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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