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木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

八束水臣津野命が引っ張ってきた闇見国って・・・

お松:こにゃにゃちは~!
 窓から入ってくる風も、すっかり秋の気配。明け方は寒いくらいになってきた山陰地方です。みなさまいかがお過ごしでしょうか?
やや:ってぇか?げぇ~!!気がつけば9月じゃないかぁ?なんの断りもなく勝手に9月にしやがってもぉ。何にもしないうちに夏が終わっちゃったじゃないかぁ!
お松:・・・。
 え~、もぉいいからぁ、とにかく今日の話題を始めてくださいな。
やや:夏がぁ・・・。
お松:あのぉ?
やや:はいはい、始めますってばぁ。
久良彌神社付近から見た山々

さて、
 このブログでは毎度おなじみの天平五(733)年に記された地誌、『出雲国風土記』の冒頭近く、「意宇郡条」には、有名な国引き神話が記されています。
 八束水臣津野(ヤツカミズオミヅヌ)命が出雲国を「小さく作っちゃったなぁ」って後悔して、あちこちの余っている国を引っ張ってくると言う壮大な物語の最後に、杖を突いて「おぇっ」って言ったので「意宇(おう)」って言うオチを付けるような地名説話です。
そのストーリーの中で、近年の研究で注目されているのが「闇見(クラミ)国」です。闇見国は、西から始めて3番目に引っ張ってきた国で、狭田国(さだのくに)と三穂埼(みほのさき)の間。松江市の大橋川北岸から旧鹿島町、旧島根町あたりの事だと考えられているようです。
久良彌神社参道

で、問題となっていたのは、狭田にしろ三穂にしろ、現在にも続く地名が残っているのですが、闇見については、現在の久良彌神社、『出雲国風土記』の「久良弥社」が記されているぐらいで、地名が残っていないのです。しかも、『出雲国風土記』の「島根郡条」は、神社部分が脱落していて、『延喜式』から補訂されたと言われている部分なので、闇見国という地名はホントーにナゾでした。闇見国は、風土記の時代にすでに使われなくなった古い地域名だったのかも知れませんが・・・。で、最近の研究によれば、その古い地域名、闇見国は、倉と名が付く山が見える地域の事ではないかと言う説が示されています。
久良彌神社の御本殿

 『出雲国風土記』にはたくさんの山が記されているのですが、出雲のすべての山が記されている訳ではなく、記されている山にはそれなりの意味があるのだろうと思われています。で、「島根郡条」に記されている山には、「大倉山」と「小倉山」があったりします。その事に深遠な意味があるなんて考えたこともありませんでしたが・・・。
大倉山から小倉山

 久良彌神社から北に見える山塊の右端が大倉山・・・現在の枕木山。左端が小倉山・・・現在の太平山ですね。つまり、「大倉、小倉が見える」のが倉見(くらみ)・・・闇見・・・久良彌ではないかと(←お松:なるほど!)。
 「島根郡条」については、『出雲国風土記』の中でも欠落や間違いが非常に多い部分なのですが、だからこそ、突っつきがいのある楽しい記事とも言えるようです。
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  1. 2017/09/02(土) 16:58:39|
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