木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

遊びをせんとや生まれけん~のラスト

 夏も終わろうとしているのに、この夏の天候不順を取り戻そうとするかのように好天の続く山陰地方です。
お松:夏、終わっちゃいますねぇ。この時期って、なんかさみしいんですよねぇ。
やや:熱中症の季節が終わり、スズメバチのシーズンです。マダニやマムシも活動が活発になるので、山中の探検は十分に気をつけましょう!
お松:・・・。
やや:え~、そもそもの話にもどりますってえ~と、平安時代に作られた歌謡集、『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』に「聖(ひじり)の住所(すみか)は何処(どこ)どこぞ~ 箕面よ勝尾よ、播磨なる、書写の山、出雲の鰐渕(わにぶち)や日の御崎~ 南は熊野の那智とかや~」と、詠われ、鰐淵寺のある鰐淵(わにぶち)の他に、日御碕も修験の聖地として知られていたはずだ。でも、日御碕ゆ~たら、山林修行に関わるようなお寺があんのんかいな?それ、どこやねん?つ~話でした。
お松:どこのひとですか?
・・・日御碕神社には、天照大神やスサノオ命の他、月読(ツクヨミ)命も祀られているってとこまでのお話でしたが、未だに修験や山林修行のお寺の話は出てきてません。このまま終わってしまうんじゃないでしょ~か?
天一山中の平坦面

やや:さて、日御碕神社の背後にそびえる天一山(あまかずやま)には、月読神社が建てられ、月読命が祀られているのですが、その山中には、墓所の他、多くの平坦面が残されています。こうしたところが古くは僧坊跡、つまり聖の住処だったのかも知れません、ま、発掘調査をしないと判りませんが・・・。
天一山神宮寺

 で、実は日御碕には、曹洞宗神宮寺と言うお寺があります。神宮寺ですので、日御碕神社の神宮寺です。日御碕神社の古い絵図には、境内に塔などの仏教に関わる建築物が描かれているものがあります。つまり、鰐淵寺が出雲大社と関係し、神仏習合の時代があったのと同じように、日御碕神社も、江戸時代までは神仏習合の神社だったと言う事です。

 神宮寺は、現在は曹洞宗ですが、元々は真言宗のお寺だったと伝えられています。比較的早く、15世紀頃に曹洞宗に改宗したらしく、そのために密教の印象が薄くなっていますが、真言宗と言えば密教。まさに山林修行のお寺ですね。現在では、日御碕神社と天一山を挟んだ東側にあります。例によって明治政府の神仏判然令によって、分離したようです。
 境内には、薬師堂が建てられ、いにしえの山林修行のお寺の様子を伝えています。
神宮寺の薬師堂

お松:やっと、結論ですか。引っ張ったわりにはごくごく普通の結論で・・・。
やや:はい、そうですね。
  1. 2017/08/27(日) 07:05:46|
  2. 山寺で修行中
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遊びをせんとや生まれけむ~の続き

 後白河法皇の『梁塵秘抄』に導かれ、日御碕神社に行った話の続きです。
夏の終わりの稲佐の浜

 日御碕神社では、大きな2つの社殿で、天照大神とスサノオ命を中心にお祀りされていますが、そもそもこの神様方、『古事記』によれば、イザナギ命が、亡くなったイザナミ命に会いに行って、黄泉醜女(ヨモツシコメ)とかに追いかけ回され、やっとこさ逃げ帰ってきたところで登場される神様方です。
 何とか逃げ帰ったイザナギ命は禊(みそぎ)を始めます。で、左目を洗ったときに現れたのが天照大神、右目を洗ったときに現れたのが月読(ツクヨミ)命、そして鼻を洗ったときに現れたのが建速須佐之男(タケハヤスサノオ)命、つまりスサノオ命です。3神が現れたのに喜んだイザナギは、アマテラスに高天原を、ツクヨミに夜の国を、スサノオには海原を治めるように命じました。
お松:な、なんか・・・。アマテラスとツクヨミは対になっているような感じですが、スサノオは鼻から?太陽神と月の女神が高天原と夜の国って言うのは判る気もしますが、スサノオは海原なんですね。
やや:で、気に入らないスサノオはイザナミのいる根の国に行きたいとダダをこね始め、暴走が止まらなくなって天岩戸事件に発展するのですが・・・。今日は月読命です。
お松:あまり印象がない神様ですが・・・。
やや:『古事記』『日本書紀』にも登場する機会の少ない神様ですね。
 さて、日御碕神社です。
 日御碕神社は、『出雲国風土記』記載の美佐伎社と考えられており、当時は、現在の経島(ふみしま:ウミネコの繁殖地として有名)にあったようです。もちろん、天照大神とは書かれていません。出雲地方の古い文献からは、日御碕神社と天照大神や月読命の関係は追いにくいようですが、中央の歴史書にはそれらしい一文が出てきます。
 『日本書紀』には・・・、『日本書紀』は本文だけでなく、「一書に曰く」として、別の伝承を列記しているのが特徴ですが・・・、有名な国譲り神話について、「一書に曰く」としてフツヌシ神が、オオアナムヂ(オオクニヌシの別名)に国譲りの条件を示しています。それが、
 「住むべき宮殿は、日隅宮(ヒスミノミヤ)と同じように大きな神殿を建てましょう」
ということです。
お松:大きな神殿というのは出雲大社のこと?ヒスミノミヤは・・・あ、ヒシズミノミヤ?日沈宮の事ですか?
やや:そうとも取れそうですよね。とにかく日本海に沈む夕日を背に、天照大神を祀った日沈宮を建て、月の昇る東の天一山に月読命が祀られているようです。
月読神社の参道

 日御碕神社に車を止めて、県道をしばらく登ると月読神社の参道が見えてきます。で、そこから登ること15分ほど。
月読神社本殿

 山頂近くの月読神社に到着です。日沈宮や神の宮に比べると恐ろしく質素なお宮ですが、それでももちろん、地元の皆さんに大切に管理されており、道もしっかりしています。
お松:山頂からの眺望は?
天一山から見た経島

やや:何とか見えるのは経島!『出雲国風土記』記載の美佐伎社のあった場所ですね。
お松:日御碕神社は?
やや:もちろん見えます。
天一山から見た日御碕神社

お松:・・・。見えると言えば確かに・・・。
やや:真夏に行く所じゃないな・・・。
お松:・・・そう言えば、山寺はどうしたんでしたっけ?
やや:あ、続く・・・ってことで。
お松:だ、だいじょうぶかぁ?
  1. 2017/08/20(日) 18:45:16|
  2. 山寺で修行中
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遊びをせんとや生れけ~ん(前編)

 いや~。夏もそろそろ後半戦。
夏の終わりの稲佐の浜

 なのに遊んでいるヒマがな~い!本当なら・・・
 ♪遊びをせんとや生れけ~ん  ♪たわむれせんとや生れけん~
お松:どっかで聞いたことがあるような?
やや:何年か前、松山ケンちゃんがやってた『平清盛』のオープニングですね。
お松:ん?「山寺で修行中」カテゴリですが、松山のケンちゃんと何の関係が?
やや:松山ケンちゃんはどうでも良くって、松田ショウタくんがやってた後白河法皇ですね。後白河は、院政期の、つまり平安末期の天皇、退位後は法皇として権勢を振るい、源氏や平家と覇権を争ったので有名なかたですね。
お松:源平の合戦の直前の人?平清盛と並んで、歴史上はあまり好かれていないキャラのようですが、この手の人は、へそ曲がりのややさんのお好きなタイプでは?
やや:平清盛と並び、大変立派な業績を挙げたかたです。冒頭の「♪遊びをせんとや生れけ~ん」は、『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』と言う後白河法皇が治承年間(1180年頃)に編まれた歌謡集の一節です。残念ながら内容の多くは失われてしまいましたが、一部が伝えられています。後白河法皇は、この他にも『年中行事絵巻』を作らせるなど、当時の文化を現代に伝えると言うたいへんな功績を残されたです。平清盛と共に平安末期の最高におもしろい人達なのですが、それを源頼朝がムチャクチャにひっくり返して・・・。
お松:はい、はい。で、その松田ショウタくんがど~したの?
やや:え~、その『梁塵秘抄』の中に
 「聖(ひじり)の住所(すみか)は何処(どこ)どこぞ~ 箕面よ勝尾よ、播磨なる、書写の山、出雲の鰐渕(わにぶち)や日の御崎~ 南は熊野の那智とかや~」
と言う一節があって、聖のすみか・・・つまり山林修行僧が居た有名な場所と言うのが詠われているんです。箕面や熊野の那智なんかが、平安時代の都でも有名だったと言う事ですね。
お松:お~!出雲の鰐淵というのは、現在の鰐淵寺のことですね?
やや:その周辺の山の事なのでしょう。それよりも気になっているのが日の御崎~。
お松:日の御崎~は、日御碕の事でしょう?
やや:日御碕って、密教のお寺とか修験道とかで有名ですっけ?
日御碕神社日沈みの宮

お松:あ・・・?日御碕神社はあるけれど、そう言えば、お寺の印象って無いですね。日御碕神社と言えば、近頃は日本遺産「日が沈む聖地出雲」に選ばれたので話題の・・・。
やや:・・・。
お松:お~い!
やや:日本遺産とか、よく分からないものは置いておいて、天一山(あまかずやま)です。
日御碕神社神の宮から見た天一山

お松:お~い、カメラがあらぬ方向を向いてますぜ~?
やや:よいの。現在の日御碕神社の社殿は、随身門の真っ正面にあるのが、天照大神を祀った「日沈みの宮」。向かって右手の小高いところにあるのがスサノオ命を祀った「神の宮」。
お松:ご兄弟の神様を同時に祀っているんですね。
やや:3人兄弟の真ん中をお忘れですよ。
お松:あれ?
やや:月読(ツクヨミ)命ですね。
お松:忘れてるんですか?
やや:・・・。だから、その月読命を祀ったお社があるのが天一山。日御碕神社の真正面にそびえる標高約130mの山です
お松:へ~。
 で、そこに登ったんですね。でも、月読命・・・まだ、山寺じゃない・・・。
やや:と、言う訳で次回に続く。
お松:だ、だいじょうぶか次回?本当にあるのか?次はいつだ~!
やや:やかましい!
  1. 2017/08/19(土) 22:33:22|
  2. 山寺で修行中
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鍵掛峠を越えて御机の小屋を見に行ってきた

 なんか夏だし、突然行く気になって、標高910mの鍵掛峠を越えるとそこは奥大山!
鍵掛峠からの大山南壁

 島根側から見ると、出雲富士とも伯耆富士とも呼ばれる柔らかい印象の大山ですが、南側・・・鍵掛峠から見ると強烈な岩山です。そこを少し下ると鳥取県江府町の御机。
お松:「おつくえ」じゃないよ「みつくえ」だよ。ちょっと丁寧に言ってみた訳ではないんです。
やや:・・・。
 そんなに遠くでもないので、いつでも行けると思っていたら、いつまでも行けないところってありますよね。
お松:で、えいやぁって行ってきた訳ですね。
御机の茅葺き屋根の小屋

やや:鳥取県江府町で最も有名なただの小屋です。
お松:雪をかぶった冬景色や、田植え直後の水面に映った様子なんかが有名ですが、真夏の景色もよいですね。照れ屋の大山は、ちょっと雲に隠れ気味ですが、それでもいい感じです。で、この小屋はいったい?
やや:なんの情報もありませんが、とっても有名な小屋です。
御机の茅葺き屋根の小屋

お松:だ・は・は・・・。
やや:付近の道路沿いには巨大な五輪塔があったり・・・。
御机の五輪塔

 御机神社があったりしますが、いずれも、何の情報もありません。
お松:鳥取県の事になると、とたんに情報が無くなってしまうややさんです。
やや:すみません。でも、おもしろいなぁと思ったのは、五輪塔も御机神社の狛犬さんたちも、溶結凝灰岩ですね。
御机神社の狛ワンコ

お松:よ~けつぎょ~かいがん?
やや:溶岩が結合した凝灰岩ってな意味かしらん。大山が噴火したときの噴出物が冷えて押しつぶされてできた岩ですね。出雲の狛ワンコで見慣れた来待石は凝灰質砂岩。とっても柔らかく加工しやすい石ですが、溶結凝灰岩は固そうですね。でも、大山周辺では豊富にあるので、大山周辺の石造物には時々見かける石です。
お松:何の情報も無かったわりに、なにがしのうんちくを語らないと気が済まないややさん。
もう一頭の狛ワンコ
ん!
  1. 2017/07/31(月) 18:55:36|
  2. お松との会話
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粟の穂にはじかれてビヨヨヨヨ~ンって行っちゃった件の・・・

お松:いろいろあって消しちゃったりなんかもして、すでに何回やったか、どうなっているかも分からないスクナヒコナのお話ですね。
やや:う・・・。
お松:と言う訳で、例によって、『古事記』なんかのストーリーからお願いしますね。
やや:・・・。
『古事記』によれば・・・。
スサノオらの試練をスセリビメを始め、多くの他の神様の尽力により突破し、出雲にたどり着いたオオクニヌシ。美保の岬にいたとき、波の彼方から小さなちいさな神様がやってきます。
その神様は名乗らず、また、その神様のことを、周囲の神々も誰も知りませんでした。困っていると、ガマガエルが「かかしのクエビコなら、きっと知っているでしょう。」と言うので、かかしのクエビコを呼ぶと「カミムスヒ神の御子のスクナヒコナ神です。」と言う。そこで、カミムスヒを呼ぶと、「確かに、生まれてすぐに手の指の間から漏れ落ちた子だ。オオクニヌシと兄弟となって、この国を作り固めなさい。」とおっしゃったと記されています。
お松:生まれてすぐに生き別れた親子が、感動の再会もそこそこに、別の神様と兄弟となって、国造りに励まなければならないんですね。
やや:ものすご~く唐突に始まるスクナヒコナの物語です。
 で、たまらないのはかかしのクエビコ!かかしのクエビコは、「山田のそほど」と呼ばれるかかしの神様です。かかしなので、自ら歩くことはできないけれど、世の中のことは何でも知っているって記されています。ガマガエルもいろいろ知ってそうだけど、この二人・・・この二柱の神様、おもしろすぎる!
志都の岩屋神社の参道

お松:で、その後、どうなるんでしたっけ?
やや:オオクニヌシとスクナヒコナは、協力し合って国を作り固めようとするのですが、スクナヒコナは、国造りも終わらないのに、よじ登った粟の穂にはじかれて、常世国にビヨヨヨヨ~ンって飛んで行ってしまいましたとさ。めでたし、めでたし。
お松:いきなり終わらないでください。途中いろいろあるでしょ?
やや:それが、『古事記』では無いんです。スクナヒコナ、いきなりやって来たかと思えば、突然飛んで行ってしまって、終わりです。元々あった『古事記』のストーリーに後にムリヤリぶち込まれたお話のようですね。
奇岩・巨石

お松:・・・。
やや:ところで、『万葉集』にはスクナヒコナが読まれた句が、4首あります。いずれも「大汝少彦名(オオナムジスクナヒコナ)」と読まれ、後にオオクニヌシとなるオオナムジとセットで記されている点も示唆的です。
 その1首に
    大汝(オオナムジ)少彦名(スクナヒコナ)のいましけむ
                   志都の岩屋は 幾代経にけむ
と、言う句があります。「オオナムジとスクナヒコナの居た志都の岩屋はいったいどれほどの年月を経たのかねぇ・・・。」ってな意味かと思いますが、つまり、オオクニヌシとスクナヒコナが国を作り固める相談をしたとされる「志都の岩屋」と言う場所が、万葉集の時代にも知られていたようです。
 その志都の岩屋だったと伝えられている場所が、米子市彦名町の粟島神社、大田市静間町の静之窟などの他、この邑南町の志都の岩屋神社があります。
志都の岩屋神社本殿と鏡岩

志都の岩屋神社のある山は、花崗岩の塊のような山で、あちこちに奇岩・巨石が露出していて、巨石マニアにはたまらない感じの場所です。
わき出す清水

 中でも、ひときわ巨大な一枚岩が立つ鏡岩の前に、志都の岩屋神社の御本殿が置かれており、その脇からは清水が湧き出しています。

お松:オオクニヌシとスクナヒコナがどこで相談していたのかは判りませんが、この立派な岩は、どれほどの年月を経たのでしょうねぇ・・・。
やや:お?いつになくきれいにまとめましたな。
  1. 2017/07/30(日) 09:12:28|
  2. 神話の足跡探し
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Author:やや
 神社仏閣と古い町並み、そして何より屋根とお庭が大好きな“やっぱり屋根が好き”と申しますが、相棒の“お松”に、あり得ないぐらい略されて、“やや”と呼ばれています。

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