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木を見て庭を見ず

出雲・石見を中心に、歴史的なお庭と屋根と神社仏閣を見て回って、ひとりごとです。

亀の支えるお宮

 和歌山(わかさん)権現の前から小田川沿いに北へ下っていくと日本海の前に小高い丘。和歌山権現に登ったついでに立ち寄ったのは『出雲国風土記』の小田社に比定される小田神社です。

小田神社のご本殿

 御祭神は火遠理命(ホヲリノミコト)、「海幸彦、山幸彦」の神話で有名な山幸彦のことですね。火遠理命は海を司る神様。
お松:山幸彦なのに海なんですか?
やや:海幸彦、山幸彦の話を知らないんですか?
お松:い、いまいち・・・。
やや:『古事記』と『日本書紀』では、微妙に異なりますが、おおざっぱに言えば、こんな感じ。
 兄弟の神様、海幸彦と山幸彦は、ある日お互いの道具を替えてみようと言うことになりました。海幸彦の釣り竿を借りて、釣りに出かけた山幸彦だったのですが、そこで大切な釣り針を無くしてしまいます。釣り針を無くしてしまったことを海幸彦に謝りますが、海幸彦は許してくれません。で、山幸彦は必死で釣り針を探し回り、とうとう海の中の綿津見宮(わたつみのみや:海神の宮殿)まで探しに行ったのですが・・・。
お松:浦島太郎みたいですね。
やや:でぇ、そこでなんだか海神に気に入られ、海神の娘、豊玉姫をゲットするってなお話です。豊玉姫をゲットして海神の後継者になったので海も司るようになった。てな話です。確か、教科書にも載ってような。

ご本殿の床下には

 そういう訳で、この神社のご本殿は、なんとこの方が支えています。
お松:え?ご本殿を支える?
やや:ご本殿の真ん中、心柱を支えているのは・・・。

か・亀

お松:か・亀?やっぱり浦島太郎じゃないですか?
やや:いつの頃からか・・・そんな大昔のはずはありませんが、亀がご本殿を支えています。
お松:か・亀かぁ・・・。
やや:夜な夜な動き出すので背中に石碑を置かれちゃったのは月照寺の大亀。
お松:今日の話と関係ないですよねぇ。

小田神社の狛わんこ

はぁ?亀で文句あっか?
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  1. 2020/02/24(月) 18:58:18|
  2. 神話の足跡探し
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多支の社に行ってみた

 天平五(733)年の年記を帯びる『出雲国風土記』の総記には、当時の出雲国にある神社の数を399社と記されています。さらに、これらの神社は、神祇官のいる神社(神祇官社)といない神社に分けて記されており、国家から保護を受けていたであろう神祇官社は、184社にのぼります。延長九(927)年に完成した『延喜式』の神名帳(『延喜神名式』)には、出雲国に187社が記されており、風土記の時代より3社増えていることになります。実は、この延喜式神名帳の神社の数は、大和国・山代国に次ぐ全国3位の数です。近隣諸国に比べると桁違いの神社数で、当時の人口を考えても、出雲には異常な数の神社があったようです。(言いたかないけど)神々の国と呼ばれるのは、当然のことのようです。
 神祇官社でない215社も、国家に公認された神祇官がいないと言うだけで、出雲国は神社として『出雲国風土記』に掲載しているわけですから、当時の出雲人のなんと信心深かったことか(←お松:それに引き替え、ややさんは・・・)。
 ちょっと、興味があって行ってみたのは、出雲市多伎町小田の和歌山(わかさん)権現。小田川にかかる怪しげな橋を渡り、以前は鳥居だったであろう木柱をくぐり、ほぼ崩壊した急斜面の参道を登ることしばし・・・、山の中腹に開いた磐座にそのお社はあります。

和歌山権現の磐座

 『出雲国風土記』神門郡条の不在神祇官社、多支社(多吉社:タキノヤシロ)だと考えられている神社で、御祭神は阿陀加夜努志多伎吉比賣命(アダカヤヌシタキツヒメノミコト)。タキを含んでいますので滝や水にまつわる神様なのでしょう。すぐ下には小田川が流れていますし、磐座の壁面からは水がしたたっています。

和歌山権現のお社

 このわき出す水を飲むと母乳の出が良くなると言う伝承があるようで、したたる水の下にはたくさんの水甕が置かれています。

磐座からしみ出す水

 残念ながら参道は崩壊し、お参りする人も多くはないようですが、だからこそ古代の雰囲気が残されているようです。
お松:なんか、やっぱりへそ曲がり。
やや:ジーパンが泥だらけになりました。本気のトレッキングシューズで行けば良かった。
お松:なにが、古代の雰囲気?めちゃめちゃ現代人じゃないですか!
  1. 2020/02/16(日) 17:24:27|
  2. 神話の足跡探し
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雪に飢えていたので大山寺に行ってみたっす2

 一昨日から雪!松江でも久しぶりの積雪でしたが・・・もう終わりか。今日はただ寒いだけの山陰地方です。

 雪に飢えていたので大山寺に行ってみたの続きだすぅ。
200207a.jpg

 先週の大山寺旅館街を登る石畳の雪はずいぶん溶けていて、雪解け水がばんばん流れていましたが、さすがに大山寺参道まで上がってくるとしっかり圧雪。なんちゃってトレッキングシューズでは下りが怖そうです。大山寺本堂も人影はほとんど無く・・・。

大神山神社奥宮

 さらに石畳(のはずの雪道)をしばらく登って、大神山神社奥宮にお参りです。夏場なら、ここで(一応)安全をお祈りして、いよいよここから本気の登山にかかるところですが、今日はここでゴールです。社殿の向こうには、時折大山北壁が顔をのぞかせます。

200207c.jpg

 このページではなんどかご紹介していますが、大山寺は元々は広大な僧坊群を抱える天台宗のお寺。明治の神仏分離令に伴って吹き荒れた廃仏毀釈の嵐で、大山寺の寺号を廃止。神社となって存続することを選びます。後に大山寺の寺号は復活するのですが、廃仏毀釈以後の大山寺の中心はこの大神山神社奥宮です。
 こうしてみると、大山に抱かれた感じがよくわかりますね。

おまけ
 大神山神社奥宮の隣にある下山神社は、お狐さまのお社。
 雪の季節には、狛狐さんも帽子をかぶって寒さ対策!

下山神社の狛キツネさん

お松:ま、前の方にずり下がってますよぉ~
  1. 2020/02/07(金) 07:03:53|
  2. 山寺で修行中
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雪に飢えていたので大山寺に行ってみた

 空前の暖冬。真冬なのに雪の無い山陰地方で~す。
お松:気がつけば、2月!
やや:やっと2月だよ。1月、長かった~。
お松:だっはっは・・・、ややさんは忙しかったですものねぇ。
やや:やっとまともな休みに晴天。そう言えば、雪に飢えていたもので、行ってきました大山寺。

大山寺橋から見た大山

お松:まさか、雪山に?
やや:残念ながら、素人が雪山なんかに手を出したら、ケガじゃ済まない。雪の大山寺周辺を放浪してきました。

大山寺の雪道を

お松:散策じゃなくって放浪なんですね。なんか、雄ネコが縄張りをパトロールするみたいなイメージ?
やや:・・・。
 史上空前の暖冬で、スキー場も開店休業でしたが、先週末からやっと雪が降り始め、リフトも稼働しています。おかげで駐車場はいっぱい。かなり遠くから、リフト乗り場のピコ~ンと言う音が聞こえてきます。そういった賑やかなところから外れて南光河原の西側へ、

足跡の先には

 うさピョンの足跡に導かれて向かったのは阿弥陀堂です。
 元の場所は、もう少し南東の南光河原を見下ろすような場所にあったようですが、16世紀の災害で倒壊。現在の場所に建てられたのは天文二十一(1552)年とされます。なんと室町期の建物!遠く京都では、門脇麦ちゃんが「サイが来る」とか言ってた頃(←お松:さ、サイ?もしかして麒麟の事でしょうか?)に建てられた建物です。

阿弥陀堂

 広~い大山寺境内に、長~い歴史の中、多くのお堂は無くなり、ただ平坦地が残されているばかりの僧坊跡が多い中、大山寺に残された最も古いお堂です。

大山寺のお地蔵さん達

お松:さすがに標高700mの大山寺。しっかり雪がありますね。
やや:それでも例年に比べれば半分以下。地球、だいじょうぶか?
  1. 2020/02/02(日) 16:37:48|
  2. 山寺で修行中
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新年早々、怪談話を

 前回からの小泉八雲つながりで、前々から興味のあった鳥取県日野町の瀧山神社に行ってきました。今日は長いぞ~。

瀧山神社の鳥居

 小泉八雲=Lafcadio Hearnと言えば、わたし的には時々紹介している『知られぬ日本の面影』ですが、世間的には『怪談』かな。「耳なし芳一」や「雪女」は誰もが一度は聴いたことがあるはずです。Lafcadio Hearnには他にも多くの出版があり、『骨董』と言う怪談集もよく知られています。
お松:新年早々怪談話ですか?
 でも、小泉八雲の怪談は、雪女とか、亡くなったお母さんが幽霊になってお墓の中で赤ちゃんを育てる話とか、なんか家族愛にあふれた話が多いですよね。
やや:「飴一文くんろ?」のことですね。家族愛にあふれた話ももちろんありますが、まったく救いのない、悲惨な話もたくさんあります。
お松:え・・・。

瀧山神社の参道

やや:今日のお話は、そっち系。『骨董』に掲載された「幽霊滝の伝説」と言うお話です。カギ括弧内は上田和夫訳『小泉八雲集』新潮文庫でお送りします。
 伯耆の国(鳥取県西部)の黒坂村(鳥取県日野町)の近くある「幽霊滝」のお話。滝壺の近くに小さな社があり、その賽銭箱にまつわる物語です。

瀧山神社

 「今から35年前の」と、えらく具体的な設定ではじまる物語は、寒い冬の日、麻を取る女性達が、暖を取りながら怪談話で盛り上がっているところから始まります。そのほんの勢いで、肝試しに「幽霊滝へ誰かが一人で行く」と言う話になってしまいました。すると「安本お勝と言う大工の女房が」手を挙げて、みんなが取った麻を独り占めすることを賭けて幽霊滝の社の賽銭箱を取ってくることになったんだそうです。
 子どもをおぶったまま「星あかかりにみちびかれて-ぴちゃぴちゃと-走った」「やがて、滝の低い響きが聞こえてきた」「低い響きは、いきなりものすごい轟音となり」「長く鈍く光る滝の流れが、ぼんやり現れてきた。」問題の賽銭箱に手を掛けると「おい!お勝さん!」と2度、どこからか声をかけられ、「恐怖に気を失いかけ」たが、気を取り直し、賽銭箱を抱えて麻を取る女たちの元に帰り着いた。みな、お勝の肝っ玉の太さに驚いたのだが・・・お勝が背負った「ねんねこ」を解こうとすると血が流れ落ちた。なんと、背負っていた子どもの首が、むしり取られていたのだったと言う・・・。

滝の祠

お松:・・・この話は・・・。いったいどう受け取れば良いのでしょうか?
やや:現地の言い伝えでは、2歳に満たない子どもを滝に近づけてはいけない、という話が伝わっているそうです。
 Lafcadio Hearnがこの話を聴いたのは、おそらく明治23年から数年以内。『骨董』が出版されたのが明治35年なので、10年以上経っています。ってことはLafcadio Hearnによる創作の部分も少なくないと思います。水の事故で子どもが亡くなるのは、今も昔もよくあること。そんな子どもの死を受け入れることのできない親や、危険を知らせたい大人の思いが様々な伝承に変化して伝えられるのもよくあること。だから2歳未満の子どもを滝に連れて行ってはいけないという話が言い伝えられ、それを怪談話に脚色されたのではないでしょうか。物語の根幹はそんなところなのだろうとは思いますが、それにしても「今から35年前」だの「安本お勝と言う大工の女房」だの、えらく具体的なのは気になるところです。一方、実際の滝は、「低い響きは、いきなりものすごい轟音と」なるような水量ではないことから、おそらくLafcadio Hearnは現地には来ていないのでしょう。

幽霊滝

小泉八雲=Lafcadio Hearnには、パソコンのない手書き原稿の時代に、ものすご~く大量の著作があります。片目が不自由なのにそれだけ書けたことも驚きですが、ネットのない時代にそれだけのネタを集めたのもすごい。妻となる小泉節さんや、富田屋旅館の当主夫妻、富田屋旅館でLafcadio Hearnの世話をしていた信さんなど、実にたくさんの人々が、大量のネタを供給していたことに驚きです。
お松:な、なんにせよ、おどろおどろしい話に終始しなくて良かったです。

おまけ

瀧山神社の狛わんこ

新年早々、たいがいにしとけ~!
  1. 2020/01/10(金) 08:03:02|
  2. 小泉さんの散歩道
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 そもそも歴史的なお庭見学ブログだったはずが、神社仏閣見学ブログに変貌。さらに最近では、趣味の山林修行(?)ブログへ変貌中!

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